<書評>『「ツトムの虫」を探して』 早世の自然観察者「ツトム」描く


社会
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『「ツトムの虫」を探して』盛口満著 ボーダーインク・1980円

 本のタイトルになっている「ツトム」は正木任。冒頭は、謎めいた著者のメッセージから始まる。「ない」本が「ある」。本は書き手の急逝により存在しない。その「ない」本をあらわにすることを試みる。書き手はツトム。石垣島測候所岩崎卓爾の秘蔵弟子。その若き自然観察者の姿を追う。という概要だ。

 最初に主な登場人物が紹介されている。正木任、正木シゲ、正木譲、正木恵美子、岩崎卓爾、岩崎貴志子、岩崎南海子、瀬名波長宣、喜舎場永珣、喜舎場浩、宮良孫好、北村伸治、石島英、宮城邦昌、南方熊楠、加藤正世、名和靖、黒岩恒、大島広、三宅貞祥、江崎悌三、そして語り手として著者。これは読者にとっては大変ありがたく、本文を読みやすくしている。それにしてもすごい登場人物である。気象や生き物屋をはじめ、自然に関心をよせる方々には見逃せない人物だ。

 前置きが長くなったが、自然系の本では、あまりみたことがないので紹介に手間取ったというのが正直なところ。最初、本を手にしたときは、内容の濃密さに驚いた。まず、執筆のために取材を数十年行い、文献、そして、郵便物やその消印までも調査した形跡があるからだ。例えば、ツトムは気象台の研修で上京し、半年後には修了して帰郷する。東京や旅先からの便りが正木家に残っており、郵便物、さらにその消印から、月日や場所などを確認している。全体をとおして、だれが、いつ、どこで、どうしたか、明記されているのだ。聞き書きといえるが、史資料の検証がされており、歴史資料の域に入っているようにみえる。理科系の口述歴史といえようか。とにかく斬新である。

 内容は、昆虫を中心に動物、気象、さらに八重山の民俗に至るまで分野が多岐にわたっている。著者による動物のイラストもうれしい。文字だけではわかり難いからだ。自然に関心のある方々には是非すすめたい一冊。

 ところで、ツトムはその才能を発揮することなく、道半ばで戦争の犠牲となった。読んでいると「ない」本への思いへ誘われそうだ。

 (当山昌直・沖縄生物学会会員)


 もりぐち・みつる 1962年千葉県生まれ、沖縄大学学長。著書に「琉球列島の里山誌」「ゲッチョセンセのおもしろ植物学」「歌うキノコ」など多数。