シンクタンク「新外交イニシアティブ」(ND)はこのほど、政策提言「台湾問題に関する提言―戦争という愚かな選択をしないために」を発表した。台湾有事が懸念される中で米中の戦争を回避するために日本政府が取り組むべき対応などについてまとめた。国内外の情勢を踏まえ、台湾有事や米中戦争を避けるために重要な視点や沖縄への影響などについて同提言の執筆者が原稿を寄せた。
愚かな選択
戦後、もっとも戦争に近づいているともいわれている。昨年には米インド太平洋軍司令官の「今後6年間で中国の脅威は顕在化する」との発言で台湾がクローズアップされ、日米共同声明では半世紀ぶりに台湾に言及がなされた。その後も、中国の対外拡張姿勢は止まらず、米国の対中強硬姿勢もエスカレートする一方である。
相対的に力を落とす米国は同盟国に頼らざるを得ず、どの国より忠誠を誓う日本への米国からの期待は高い。日本も期待に背くまいと振る舞い、目下、国内の安保議論は台湾有事への自衛隊派兵と敵基地攻撃能力論である。安倍元首相は「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事」と述べた。米軍と自衛隊の台湾有事を想定した演習が行われ、沖縄はその舞台となっている。
今年は沖縄復帰50年、日中国交正常化50年という平和を意識すべき節目の年である。にもかかわらず、沖縄にはミサイル配備の話が進み、中国を念頭に、年内には敵基地攻撃能力の保持容認が決定され、防衛大綱等の改定がなされると報じられている。
昨年、台湾有事の軽率な議論に危機感を抱き、新外交イニシアティブ(ND)では研究会を連続開催し、「台湾問題に関する提言」を発表した。副題にある「戦争という愚かな選択をしないため」の具体策を盛り込んだつもりである。発表シンポジウムには多くの参加があり、台湾問題についての関心の高さを実感する結果となった。以下に提言の概要を紹介する。
【台湾をめぐる戦争の回避が最大の課題】「台湾防衛への参加」は「中国との戦争」である。そうなれば国内には甚大な被害が生じることになるが、これを受け入れる国民の覚悟があるとは思えない。国内最大の被害は沖縄に生じると予想されるが、先の戦争の経験を持つ沖縄県民が再びそれを甘受することもあり得ない。日本の外交・安保の最大の優先課題は「台湾有事にどうするか」ではなく、「米中戦争をいかに回避するか」である。
リアリティー
【戦争の危険を軽視してはならない】米中戦争など起きはしまい、と多くの人々は考えるかもしれないが、不信感と敵意に満ちた国同士が政治的軍事的挑発を繰り返せば、誤算や錯誤による衝突が起き大きな戦争にエスカレートする可能性は常に存在する。
日本政府からは、敵基地攻撃能力を保有し、軍事力を増強すれば「抑止力」の強化により安全が確保されるとの説明であるが、「抑止が破たんした場合に戦場になる」との国民レベルの覚悟がなければ、リアリティーのある政策とは言えない。
「安全保障のジレンマ」による双方の軍拡競争も止まらない。遠方の米国とは立場が異なる。前線に位置する日本は米中に自制を求めて働きかけねばならない。
【危機回避のために「安心供与」を】中台の共存がかろうじて保たれてきたのは、米中が「一つの中国」というデリケートな認識によって安定を図ろうとしてきたからである。
中国にとって台湾独立は、強硬手段を使っても阻止せねばならない事柄である。抑止力を機能させるためにも、中国に「武力に訴えなくても核心的利益が脅かされない」と考えさせる余地を残すこと、すなわち「安心供与」が必要である。
そのためには、従来の立場である「一つの中国」「台湾独立不支持」の再確認が重要である。日本は、1972年の日中共同声明で「(台湾に関する)中国の立場を理解・尊重する」と表明しており、この姿勢の再確認が中国に対する安心供与となるだろう。
敵基地攻撃能力
【米国の抑止戦略と日本】米国は、中国本土のミサイル施設を破壊する中距離弾道ミサイルを開発しており、これを日本本土や琉球弧に配備することが強く予想されている。そうなれば、中距離弾道ミサイルの優劣について日本を舞台として競う軍拡競争となり、錯誤や誤算によるミサイル戦争の危険性は一層高まる。
軍事力強化の声ばかりが広まる日本であるが、抑止は専守防衛を目的とするものに限定すべきであり、中国本土のミサイル施設を無力化するような先制的・懲罰的な要素を加えるべきでない。
その観点からも日本への弾道ミサイルの配備や日本の敵基地攻撃能力の保有は断じて止めるべきである。また錯誤や誤算による衝突を避けるための危機管理の仕組みを中国との間に作らねばならない。
【「専制主義対民主主義の競争」という思考の罠(わな)】バイデン政権は中国との関係を「専制主義と民主主義の競争」とするが、単純化した対立構造では感染症や気候変動といった地球規模の課題に対応できない。
日本は世界的課題に対する国際協力こそが優先課題であるとして、米中双方を説得する努力をすべきである。具体的成果が望めない状況であっても、なお、だからこそ中国とは様々(さまざま)なレベルの意思疎通を行い、首脳会談も早急に実現すべきである。(詳細はNDウェブwww.nd-initiative.org/research/10021/)
以上が提言の概要であるが、台湾有事になれば国内で真っ先に戦場になるのは沖縄である。なんとしても現在の国内の議論の方向性を変えなければならない。
さるた・さよ 新外交イニシアティブ(ND)代表・弁護士(日本・米ニューヨーク)。立教大学講師・沖縄国際大学特別研究員。米政府・議会への政策提言を行い、沖縄の人々や議員らの訪米活動を企画。著書に「新しい日米外交を切り拓く」(集英社)、「自発的対米従属」(角川新書)など。