危うい米の作戦構想 「抑止」より「安心供与」を 柳澤協二<米中対立と沖縄>


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米バイデン政権の発足後、米中の外交トップ同士による初の本格対話に臨むブリンケン米国務長官(右手前から2人目)と中国の楊潔篪・共産党政治局員(左手前から2人目)ら=2021年3月18日、米アラスカ州アンカレジ

 昨年、米国バイデン政権の発足とともに、台湾を焦点とする米中対立の構図が明らかになった。米軍は、中国との戦争を考慮した態勢見直しを進めている。私が理解する限り、その基本的な発想は、中国のミサイルによって脆弱(ぜいじゃく)化した大規模基地や大型艦艇の弱点をカバーするために、各種兵器に搭載した巡航ミサイルを離島などに分散配備し、中国ミサイルの目標を複雑化するとともに、中国軍の前線兵力を徹底的に叩(たた)く戦い方である。
 

誤算の余地

 戦争となれば敵に多大な損害を与える態勢を作ることが抑止の必要条件である。従来、米軍は、中国ミサイルの射程外から中国本土のミサイル施設を破壊する「遠距離からの報復攻撃」を考えていた。だが、それでは中国に既成事実を作られてしまう。台湾防衛を考慮すれば、中国ミサイルの射程内であっても、「台湾に侵攻する兵力を直接攻撃する」という構想が出てくる。

 沖縄や九州の基地が出撃拠点となり、あるいは、南西諸島や南シナ海の離島に巡航ミサイルを持った艦船・航空機や海兵隊のユニットが展開する。こうした構想に沿った訓練が既に行われている。沖縄や本土各地における米軍機の低空飛行や物量投下、民間空港などへの不時着も多発している。これは、米空軍や海兵隊が離島などに緊急に展開するための訓練の一環である。

 巡航ミサイルの展開は、戦争が始まってからでは遅い。情勢が極度に緊迫した段階で中国の鼻先となる地点に展開することになる。中国は、これを米国による攻撃の前触れととらえて米軍を先制攻撃するかもしれない。緊急時の抑止行動は、かえって戦争を誘発するリスクがある。敵が有利な態勢を作るのを待って戦争を始めるような「お人よし」はいない。

 こうして、「沖縄や離島を舞台としたミサイルの撃ち合い」という米軍の作戦構想は、沖縄や西日本を台湾有事に巻き込むばかりでなく、誤算による戦争を招きやすい。抑止の十分条件は誤算の余地をなくすことだ。米軍の台湾防衛構想は、抑止という観点から見ても極めて危うい。
 

共通認識

 抑止の目的は、戦争を回避することだ。だが、抑止は万能ではない。相手に耐えがたい反撃を予測させて攻撃を控えさせるのが抑止である。それゆえ、相手がいかなる損害にも耐える動機があれば、抑止は成り立たない。「台湾の独立阻止」は、中国にとっていかなる損害にも耐えるほどの目標である。だから、生半可なことで抑止は成立しない。さりとて核戦争まで拡大させる動機は、少なくとも米国には存在しない。

 そこで、戦争回避のためには、抑止以外の発想が必要になる。それは、相手が戦争に訴えても守るべき「死活的利益」を脅かさない、という共通認識である。戦争は、政治目的実現の手段であって、戦争自体が目的ではない。台湾に即して言えば、「台湾独立を認めない」という従来の米中関係の根底にあった共通認識を再確認することだ。これは、安心供与(reassurance)と言われる手法で安全保障の常識でもあるが、日本では、その用語すら語られることがない。
 

勇ましい議論

 日本で語られているのは、台湾防衛という勇ましい議論だ。それは中国と戦争することを意味しているが、果たしてその見通しや覚悟があるのだろうか。中国という軍事超大国と戦争すれば、ミサイル攻撃だけでなく、サイバー攻撃による社会インフラの麻痺(まひ)、貿易の途絶など、計り知れない影響がある。自衛隊には、確実に損害が出る。戦争は、どちらがより多くの損害に耐えるかというゲームである。その覚悟なしに防衛を語ってはいけない。それは、中国にも当てはまる。日米と中国の戦いに勝者はいない。

 それでも戦争は起きる。米国にとって台湾は、民主主義を守る象徴であり、中国にとって国土統一の象徴である。だから一歩も引けないと、お互いに考える。双方の小さな誤解や摩擦が、大きな戦争に拡大する危険性がある。相手を牽制(けんせい)する行為がかえって危険を高める「安全保障のジレンマ」が存在する。一方の日本は、日米が一体化すれば抑止力になると考えている。だが、安心供与のない抑止は、いつか破綻する。そのとき米国が戦争を決意すれば、日本が巻き込まれる「同盟のジレンマ」が存在する。

 日本の防衛政策は、「国民をミサイルから守る」という文脈で語られている。それなら、有事にミサイルの標的となる基地周辺の住民避難が語られるべきだ。ミサイル攻撃に耐えて反撃することが抑止の必要条件なのだから。

 問題の建て方が違うのではないか。大国が戦争を決意したとき、全く無傷でいられるはずはない。国民を守るというのであれば、「ミサイルから守る」以前に、「ミサイルを撃ってくる戦争が起きないようにする」ことが政治の課題ではないのか。それを忘れて勇ましい議論に明け暮れる政治を、私は最も危惧している。
 


 やなぎさわ・きょうじ 新外交イニシアティブ(ND)評議員。国際地政学研究所理事長。1970年防衛庁入庁、運用局長、人事教育局長、官房長、防衛研究所長を歴任。2004年から09年まで、小泉・安倍・福田・麻生政権の下で内閣官房副長官補として安全保障政策と危機管理を担当。