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「琉舞のため」認められた空手の世界 沖縄で初の女性道場主になるまで


この記事を書いた人 Avatar photo 仲村 良太
門下生の見本として空手の型を演武する大城信子さん=4日、浦添市伊祖の大信館本部道場

 柔和な表情が一変、鋭い眼光で頭からつま先まで全神経を集中させて門下生に手本を見せる。沖縄空手道小林流大信館協会会長の大城信子さん(74)=浦添市=は県内で女性初の道場主となるなど、沖縄空手界では女性の先駆者の一人だ。

 妹に誘われ琉球舞踊を学んでいた28歳の時、足腰の鍛錬になるとして琉舞の師匠に空手を勧められ、比嘉佑直氏に師事した。当時、女性に門戸は開かれておらず「琉舞のため」との条件付きで認められた。「殴られ、練習後は箸も持てなくなった」。鍛錬は厳しかったが、真剣な姿に理解者は次第に増えていった。

 「いなぐが道場ってないよ」。空手界よりも世間の目が厳しかった。1993年には道場を開くまでになったが、女性への風当たりは強く、心ない声が聞こえた。

 それでも礼節を重んじ、厳しくも愛情あふれる指導は評判を呼ぶ。今では3~81歳の約120人の門下生がいる。現在、教士八段。「範士十段、100歳まで続けたい」。受け継いだ型を次世代に継ぐため、今も鍛錬が続く。
 (仲村良太)