鳥の代わりにヒトで…科学の道を一歩ずつ拓く 琉球大農学部准教授・鶴井香織<未来へいっぽにほ>


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 私は大学院生の頃、ハラヒシバッタという小型のバッタを題材に、一見目立ちそうだが生物の輪郭検出を妨げる模様とされる「分断色」の隠蔽(いんぺい)効果の実証に取り組んでいた。その最中、蛾(が)の「模型」に餌を付けたものを野外に設置して野鳥に捕食させ、分断色のはねを持つ蛾の方が、持たない蛾より捕食されにくいことを証明した海外の研究グループに先を越された。初実証は逃したが、実際の生物による初実証を目指して研究を続けた。

 分断色を持つ生物の方が、持たない生物よりも隠蔽効果が高いことを示す際、異なる種間で隠蔽効果を比較するのは良くない。体の形や生活様式など多くの要因が異なるので、分断色以外の未知の効果が混じる恐れがあるためだ。つまり実際の生物での実証の難しさは、同一種内で隠蔽効果を比べなければならない点にある。私は、同一種内にさまざまな色や模様を持つタイプが存在するハラヒシバッタを用いることで、この問題をクリアした。

 しかし困難はもう一つあった。野外でバッタを襲う捕食者は鳥だが、野鳥関連の研究環境が整った欧米に比べ、日本では野鳥を使った研究を行うのは容易でない。そこで私は、隠蔽効果を比較する実験としては恐らく世界で初めて、鳥の代わりにヒトを用いた。ヒトに写真中のバッタを全力で探してもらい、分断色を持つバッタの方が持たないバッタよりも発見までに時間がかかることを示した。こうして、ハラヒシバッタの分断色模様に隠蔽効果があることを実証できたが、当時は鳥の代わりにヒトを用いた「仮想捕食実験」の結果に懐疑的な研究者が多く、なかなか論文が認められなかった。今では鳥の代わりにヒトを用いた「仮想捕食実験」の有効性と効率性が認められ、世界中で広く採用されている。