<書評>『東シナ海』 尖閣の実情知る教養書


社会
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『東シナ海』佐々木貴文著 KADOKAWA・990円

 沖縄に住んでいる私たちは、日常的に太平洋や東シナ海を眺めて暮らしている。時には、首を左右にひねるだけで両方の海が見えるという場所に立つこともある。私たちが住んでいる沖縄列島が太平洋と東シナ海の境目にあるということである。もちろん、海は眺めるだけのものではない。漁師が生活の糧を得る場所であり、一般市民が休日に釣りを楽しみ、春の大潮時には潮干狩り、夏休みは町内会でビーチへという具合に、海は私たちの生活に密着している。地球をとりまく大気と同様あまりにも身近にあるためか、日頃の私たちは海について特に気を配ることもなく過ごしている。

 地球は丸いので水平線の向こうは見えない。見えないけれど、海の向こうにも陸地があり、人が住んでいる。人の住む場所それぞれに歴史があり、お互いのしがらみもある。目の前のイノー(礁湖)の利用に関する問題なら地元住民あるいは漁業組合など県内の調整で片が付くが、海の向こう側の国がからむ問題ともなれば、話し合いだけでは解決できないことも多々ある。ときには話し合いでらちがあかずに「腕ずくでも」ということが起こる。

 敗戦後間もない1952年の韓国による海の囲い込み(李承晩ラインの設定)は、日本漁民への銃撃・拿捕(だほ)を伴う衝撃的な事態となった。近年(70年代以降)は、国力を伸ばした中国が東シナ海全域の領有権を主張し始めた。中国の目下の努力目標は尖閣諸島の奪取ということらしく、連日のように公船という名の軍艦を派遣して、海上保安庁の巡視船とつばぜり合いをくりひろげている。東シナ海波高し。とばっちりを受けるのは生活の糧を海に頼っている漁民である。

 本書は東シナ海の現状を、尖閣諸島を主役にすえて、歴史背景や漁業への影響にも目配りしながら浅く広く記述した力作である。マスコミ報道だけでは見えない東シナ海の実情を知るために格好の教養書である。漁業関係者、一般社会人、学生諸君に一読をお薦めします。

(長崎節夫・沖縄大客員教授)


 ささき・たかふみ 1979年三重県生まれ、漁業経済学者。著書に「近代日本の水産教育―『国境』に立つ漁業者の養成」「漁業と国境」など。