prime

屋形船の伝統支え、開拓精神で新事業に挑戦 船宿あみ達女将・高橋並子さん<県人ネットワーク>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 江戸時代の河川整備に伴い栄えたとされる屋形船は江戸情緒を今に伝える伝統和船。そんな伝来の文化を那覇市出身の高橋並子さん(42)が支えている。屋形船8隻を保有し、業界でも最大手クラスに属する船宿あみ達(東京都江戸川区)の女将(おかみ)を務める。

 生い立ちをさかのぼると、小学校5年生から西原町で育ち、高校までを過ごした。「母の応援もあり大学進学のため上京した」。桜美林大学の学生時代にアルバイトであみ達に派遣されたのが縁。「桜の季節。船から見る初めての景色に見ほれて」。そしてあみ達四代目の悟さんと出会いがあった。

 1916年(大正5年)創業のあみ達は今年で106年の老舗。国内でも有数の100年企業だ。結婚前提の付き合いを申し込まれ「私に与えられたミッション」と覚悟を決めた。大学卒業と同時に、いわば武者修行を周囲に勧められて一度は営業事務の仕事に携わったが、出産を機に船宿の仕事に専念しようと03年9月に若女将に就く。

 繁忙期は夏とお花見の時期だが、ここ数年は様相が一変した。新型コロナウイルスの感染拡大で困難に直面するが、くじけることはない。世界一のパティシエとコラボしたランチクルージングやバーベキュー船など。果敢な開拓精神で新規事業に取り組む。

 「コロナが落ち着くとお客さんが来てくれる。やはりこの仕事はなくてはならない。確信した」という。そして自らが船上で初めて見て魅了された景色を思い浮かべ、沖縄に向け「上質な非日常空間を味わって」と話す。

 東京で「お客さん、従業員と三方良しの幸せ循環会社の土台をしっかり作りたい」。故郷を振り返って言う。沖縄戦の語り部の話の記憶は今も心に残り、自らの血肉となった。「沖縄へ“恩送り”をしたいですね」

(斎藤学)


 たかはし・なみこ 1979年6月、那覇市に生まれる。旧姓は金城。2012年4月に女将に就任。10年からランチクルージングを開始するなど屋形船に先駆的な事業を取り入れ注目を集める。