駐留外国軍を「放任」 国家主権の一部、自己否定 <虚妄の日米交渉-沖縄返還半生記>上


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
1969年11月、沖縄返還に合意した日米首脳会談から帰国しマイクの前に立つ佐藤栄作首相=羽田空港

 沖縄は第2次世界大戦で全土が焦土と化し、目を覆うばかりの惨劇がくりひろげられた、まさに本土の盾となったのである。したがって、本土へ復帰する際は戦乱の起こり得ない「平和の島」として再生されることが本来のスジでなければならなかった。

 しかし、この期待ははずれ、沖縄は米軍の戦略拠点、すなわち「軍事の島」としてよみがえったのである。佐藤栄作内閣が任期中の達成を目指して返還に自ら期限(1972年)を切ったこともあって米軍の利用するところとなり、予想以上の多くの代償がもたらされた。

 米軍の沖縄返還交渉に対する最大の目標は、米軍基地が従来通り自由に使用できる状態を維持することであった。日本側が強く求めた「核抜き」については、沖縄米軍は既に時代おくれのメースBで撤去にそれほどの支障はなかったはずである。それでも即答を避けたのは基地の自由使用獲得のためのカードにしようと考えたからである。

本土の沖縄化

琉球新報が発行した沖縄の返還日を伝える号外を見入る市民=1972年1月8日、那覇市の国際通り

 さらに、その背景には『ケーススタディ 沖縄返還』(岩波書店)第3章「決定の年」の冒頭にあるように「沖縄だけでなく、日本本土全体の米軍事施設の“自由使用”を最大限にするため、沖縄返還に合意すべきである」と述べているように“本土の沖縄化”と呼ばれているものへの強い期待があった。この点が沖縄返還の核心であったのかもしれない。

 この交渉の焦点は米軍の「自由使用」をどのような形で保証するのかということであった。そこで考え出されたのが形式上は日米安保条約を適用して“本土並み”とするが、共同声明と一体となる総理大臣の記者会見で、米側の要求する米軍の自由使用を実質的に“保証”するというやり方であった。

 日米安保条約の例外として「特別取り決め」を結ぼうとすれば、日本の野党勢力は“本土の沖縄化”を招来するものとして猛反対し、“第2の安保闘争”に発展しかねない。米軍の特定地域に対する軍事行動に理解と同意を表明したとしても、「事前協議」という形式さえかぶせておけば、“本土並み”と説明することができるというわけである。

 例えば韓国を例にとれば、共同声明では「韓国の安全は、日本自体の安全にとっても緊要である」との表明にとどめているが、一方の記者会見では「日米の事前協議に事実上、イエスを予約する」ことを詳しく説明しているのだ。

 さらに注目すべきはベトナムの問題であった。ベトナム戦争はすでに過去の話となったが、当時の佐藤内閣は沖縄返還後も米軍がベトナムへの最前線基地として沖縄を引き続き使用することを公式に容認した。つまり事実上、米国の侵攻とレッテルを貼られ、世界中がベトナム反戦に沸き立っている最中に、日本だけが米軍のベトナム侵攻支持を表明したことになるわけだ。

根本的な変容

 佐藤がこのように米軍を支持した背景は、なんとしてでも沖縄の返還を実現しようとの狙いからだ。南ベトナムを訪問した際に米国の傀儡政権である南ベトナム政府の積極支持の方針を鮮明に打ち出したのも、沖縄返還促進の要因とみたからだ。振り返ってみれば沖縄返還は、日米安保体制の決定的変質につながる米軍の完全自由という大いなる代償を支払うことになった。“自由使用”と簡単にいうが、これは駐留する米軍が実質的には日本から制約なしに出撃し、結果的にその軍事行動が防衛上の目的を超えて相手方への侵犯になるとしても、それを予防することが困難となってしまうということだ。

西山 太吉

 国際慣例上も、複数の国が構成する軍防衛組織(共同体)、例えばNATO(北大西洋条約機構)などを除いてそのような体制を採用している例はほとんどないといってよい。日本に駐留する外国の軍隊に対するこのような一種の“放任”は、国家主権の一部の自己否定につながるとみる向きさえあるのだ。結論的にいえば、沖縄返還は日本の国の形の根本的な変容をもたらしたともいえる。

………………………………………………………………

 西山 太吉(にしやま・たきち) 1931年、山口県下関市生まれ。56年に毎日新聞社入社。政治部で政権と自民党中枢を取材した。71年、沖縄返還に際し、軍用地原状回復補償費400万ドルを日本が肩代わりする密約を報じた。密約を否定した佐藤政権下で、国家公務員法違反で逮捕・起訴され、1審無罪も有罪が確定。2000年代に入り、米公文書で密約が相次いで証明された。山崎豊子氏の小説「運命の人」のモデルになった。


 沖縄の施政権返還から50年。当時の日米による返還交渉と現在に通じる問題を、元毎日新聞記者の西山太吉さんが論じる。


福田蔵省が財政交渉 日本負担内訳でっち上げ <虚妄の日米交渉-沖縄返還半生記>中