<書評>『訳注 琉球文学』 和文で記された豊かな世界


社会
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『訳注 琉球文学』島村幸一、小比木敏明、屋良健一郎著 勉誠出版・12100円

 琉球文学で知っている作品はありますか。講義の初回に学生たちに聞いてみる。そうすると半分くらいの学生が「知っている作品はありません。この講義を通して知りたいです」と、なんとも殊勝なことを言う。残りは『おもろさうし』という名前だけは聞いたことがあるだとか、組踊の舞台を見たことがあるというもの。中には高校生の頃にマミドーマを踊ったことがあるとの答えもあった。

 多くの人が学生たちと同じように、琉球文学というと琉球語によって作られたウタや芸能の詞章を思い浮かべるのではないだろうか。もちろんそれは間違いではない。豊かなウタの世界がそこにはあるのだから。だがそればかりでもないのである。

 本書には、18世紀前半に琉球の人々が和文で書き記した琉球文学が6編収録されている。第一尚氏の始祖とされる佐銘川大ぬしの一族の物語『佐銘川大ぬし由来記』や、数え年71歳の糸嶺親雲上乗重が孫のために記した自叙伝『周藺両姓記事』からは、苦難を乗り越えてきた一族への深い愛情が感じられる。識名盛命が年頭使として1年余り薩摩に滞在した時のことを記した紀行文『思出草』や、琉球の人と薩摩藩士の和文29編を収録した『浮縄雅文集』、雨の夜に集まった人々に金氏が若き日の恋物語をする『雨夜物語』、春の野山を散策中に出会った人々との交流を描いた『永峰和文』。これらの和文からは、琉球の人々の和文の技術の高さとともに、琉球人同士、または琉球人と薩摩藩士との交流のさまをうかがい知ることができる。

 古文が苦手だという人も心配はいらない。収録されている和文には全て現代語による訳が付けられている。そして作品の背景が知りたくなったら、それぞれの解説や注釈を読んでみると良いだろう。最新の研究成果が盛り込まれ、収録された和文を理解するために必要な情報が丁寧に記されている。そしてその後にもう一度、和文で記された作品を読むことをお勧めする。そこには琉球文学のもう一つの世界が広がっている。

 (前城淳子・琉球大准教授)


 しまむら・こういち 1954年生まれ。立正大教授。著書に「『おもろさうし』と琉球文学」など。 おこのぎ・としあき 1977年生まれ。立正大古書資料館専門員。論文に「『中山世鑑』の伝本について」など。 やら・けんいちろう 1983年生まれ。名桜大准教授。著書に「琉球史料学の船出」(共編)など。