米軍の移動、草案で制限 1950年、「無差別攻撃受ける」


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日本政府が1950年にまとめた日米行政協定の草案の一部

 【東京】日米地位協定の前身となる日米行政協定の草案として1950年に日本政府がまとめたとみられる文書が17日までに公開された。文書には米軍の航空機や車両、船舶が自由に日本国内を移動することを認めると、米国と戦争する「第三国」から日本の米軍駐留区域以外も無差別に攻撃される可能性が増すと懸念を示している。行政協定の成立過程で日本側の希望は通らず、現在の日米地位協定でも日本政府は米軍の自由な移動を認めている。

 行政協定 日本側希望通らず

 文書を利用請求したジャーナリトの布施祐仁氏は「(米国と交戦する)相手国に攻撃する理由を与えてしまう。極力制限するのが主権国家として当然だ」と指摘した。

 文書は50年12月に外務省がまとめた「軍隊駐在に関する技術的問題の研究」。外務省の外交史料館(東京都)が昨年9月に審査条件付きで公表し、布施氏が利用請求したところ4月12日に認められて内容が公開された。表紙に「極秘」と記されている。

 行政協定の草案は、米軍の移動は「最小限にとどめる方針」とし、合意された経路に限定することを明記していた。米軍が駐留している区域の外で米軍が訓練や演習をする際に、その場所や範囲、期間について日本側と事前協議をすることも盛り込んでいる。公共の安全に注意を払って必要な「防護手段」を取ることも米軍に義務付けようとしていた。

 日本政府は現在、実弾射撃訓練などを除けば提供施設・区域の外でも訓練が認められるとの立場だ。

 また、刑事裁判についても行政協定の草案は、日本側に裁判権のある事件では「合衆国軍隊の駐在地区内にひ護しないように努めなければならない」としている。区域内で米側が容疑者を発見した場合も要求に応じて引き渡しを義務付けようとしていた。

 現在の地位協定では、日本側が裁判権を有する事件でも、米側に身柄がある場合、被疑者の引き渡しは原則、起訴後となる。
 (明真南斗)