<書評>『何が記者を殺すのか』 テレビジャーナリズム健在なり


社会
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『何が記者を殺すのか』斉加尚代著 集英社・1034円

 関西ローカル局発のドキュメンタリー番組の録画DVDが、全国のファンの間で引っ張りだこになるという大阪の名物ディレクターがいる。例えば、沖縄の新聞記者に密着した「なぜペンをとるのか」(2015年)、基地反対運動へのヘイトに切り込んだ「沖縄 さまよう木霊」(17年)、教育現場への政治介入を可視化した「教育と愛国」(同)。これらは数々の賞に輝き、全国放送されていないのに斉加尚代の名前は知れ渡っている。この5月、「教育と愛国」は追加取材で厚みを増した劇場映画版になって公開されるが、初監督作なのに全国40館以上ですでに上映が決まっている。

 そんな彼女の作品の魅力とは何か。一言で言えば、新聞・テレビなど大手メディアが権力の監視機関としての信頼を失っていく中で、相手が権力者だろうが、差別主義者だろうが、ヘイト渦巻く現場にも孤軍奮闘乗り込んで、その体当たりの熱量で「膿(うみ)にまみれた腐った社会構造」を丁寧に切り開いて見せる、その手腕ではないだろうか。

 実は私と彼女は毎日放送の同期入社で、同じ報道部にいた戦友であり親友だ。最初からアチコーコーの弾丸みたいな記者で、女性初の「サツタン」(警察担当記者)にもなり、いつも顔には「負けるもんか」と書いてあった。しかし私もそう見えていたようで、私たちは87年入社の「雇用機会均等法一期生」だから、頑張り癖がついたのかもねと先日も笑いあった。

 この本には、上に挙げた彼女の代表作の企画から取材秘話、番組後に訪れた変化など、ドキュメンタリー制作現場の醍醐味(だいごみ)がぎっしり詰まっている。と同時に猛者に見える彼女の地道な努力や逡巡(しゅんじゅん)、社内政治に打ちのめされる等身大の姿も見える。記者たちが窒息しそうな組織改編に当たって、思い余って局内一斉メールで「心の声」を送信。年下の上司から注意を受けた話は聞いていたが、なんとその全文を本に掲載してしまった。報道人ならずとも、この文章は必見。なるほどこんな人だからあれが作れる、と納得するだろう。

(三上智恵・映画監督)


 さいか・ひさよ 1987年毎日放送入社。報道記者を経て2015年からドキュメンタリー担当ディレクター。担当番組に「なぜペンをとるのか―沖縄の新聞記者たち」など。