世界初、生物多様性が分かる地図 琉大の久保田教授ら ビッグデータを駆使


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 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)は県内でも認知が広がり、市民や企業の取り組みも活発化してきた。2022年度の琉球新報のSDGs特集は、県内を中心に国内、海外の話題を紹介し、県民が気軽に参加できるアクションの情報を提供する。


ビッグデータを駆使
 

 世界中の陸と海のどこにどのような生物がいるのかを網羅した世界初の生物多様性地図を、琉球大学理学部の久保田康裕教授らが開発・公開している。膨大なデータをAI(人工知能)を用いて可視化した地図は、生物多様性の地域戦略や環境アセスメントへの科学的な根拠になるのはもちろん、ビジネス、教育とあらゆる活動の基盤になる。

 生物多様性の回復・保全は人間社会や経済の維持にも不可欠で、企業活動にも影響を評価することが求められる一方、評価に使える定量的なデータ不足が指摘されていた。

 久保田研では、社会のインフラとして生物多様性の情報を可視化しようと「日本の生物多様性地図化プロジェクト(J―BMP)」を立ち上げて2020年11月、日本の生物多様性マップをホームページ上で発表した。21年11月にはパソコンやスマホでも見られるアプリに発展させて公開。

県庁周辺の生物多様性マップを示す琉球大の久保田康裕教授。市街地でも生物多様性保全の優先度が高いことを示す赤色で染まる=西原町の琉球大

 陸上は1キロ四方、海は10キロ四方のメッシュに区切って、陸上の植物から脊椎動物、サンゴ礁を造るイシサンゴ、沿岸魚といった生物種で、在来種や絶滅危惧種の数、絶滅リスクを最小化するための保全の優先度、炭素貯留量など50以上の項目を地図や表で示す。

 沖縄県内を見ると、那覇市内でも固有種などを絶滅させないために保全する優先度が高い地域を赤で示すマップが「真っ赤」。市街地でも公園や植え込みなどの緑地、国場川や久茂地川といった水辺に固有種がいるのだ。外来種を排除し在来種を保全再生するといった対応で、沖縄らしい自然の豊かさを未来へ受け継いでいけるという。

 ことし3月にはさらに世界の生物多様性地図を公開した。絶滅危惧種にとってどこが重要な生息地が一目で分かるため、開発や、グローバル企業による原料調達が、生物多様性に与える影響も評価できる。

 想像を絶する膨大なデータは、世にある研究論文や書籍、博物館の標本、画像などから集めた。やってみて分かったのは、国内の生物データの厚さだという。郷土史には地域の暮らしの中での記録があり、各地には昆虫や植物の同好会が地域や季節ごとの記録を残している。「掘れば掘るほどある」という人々の足跡を記した紙の山を片っ端からスキャンし、電子化。これらを使えるデータとして整え、多様な分析が可能なシステムを創り上げた。

 もともとは森を歩く植物生態学の研究者だ。「希少な自然の存在が知られないまま開発で失われることもある。みんなが情報を共有した上で合意形成をすれば、開発や再生の在り方も変わる」。誰にもに分かりやすい地図というツールに思いを込めた。


企業と連携、研究費調達
 

 世界でも例がないビッグデータによる地図アプリ制作は「公的な研究費ではできない」。可能にしたのは琉球大の研究者らが立ち上げた研究者企業体「シンクネイチャー」(代表・久保田康裕琉大教授)の収益だ。同社では、自然史ビッグデータを活用して自治体の環境保全計画の立案や、民間企業の環境保全活動を科学的にサポートすることで、研究成果を実社会に生かして生物多様性保全を実現しつつ、研究費を稼いでいる。

「日本の生物多様性情報システム」で見た、サンゴ礁を造るイシサンゴ類の種数。本島では中南部、大浦湾などで種数が多いことが一覧できる

 企業にはSDGsや環境問題への関心が高まり、科学的に効果が認められる活動を企画できる専門性へのニーズが高い。環境アセスメントや環境保全指針の作成にも専門的・科学的な知見は必要とされ、シンクネイチャーは県内外の企業と連携を進めている。

 起業の背景には大学予算の削減がある。2004年に国立大が法人化されて以来、国が支出する運営費交付金は右肩下がり。生物学などの基礎研究は特に予算が乏しく、大学の研究者ポストも削減されている。久保田教授は「教育研究を持続可能にするために、収益を上げられる起業を決意した」と話す。

 県外では住宅会社やスーパー、製造メーカーが、日本在来の生物多様性を保全再生する住宅の植栽、地域の緑化や森林管理を始めている。どこにどんな植物を植えれば昆虫や鳥を呼んで生態系が豊かになるか、どのように里山や森林を管理すれば生物多様性が豊かになるか。久保田教授たちは、都市の自然を再生する際のデザインを科学的に行い、その効果も試算する。住宅会社と連携して、各地の生物多様性に貢献できる植樹リストも作成した。

 野生生物の生息場所を再生させ、開発による負荷を補う「生物多様性のオフセット」も計算できるという。「破壊を補い、さらなる再生を義務付けるネイチャーポジティブ条例を整備し実行できれば、無秩序な破壊を防ぎ、経済活動と調和してSDGsにも貢献できる」と指摘。生物多様性のホットスポットである「沖縄がモデルになるべきだ」と事業化を模索している。


 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。

取材・黒田華