1972年の日本復帰前後、沖縄では自衛隊を日本軍ととらえて、反自衛隊運動が激しく展開されていた。しかし、自衛隊の「民生協力」によって、たちまち、県民に受け入れられていった。
しかし、日本軍が国体護持のため、避難住民に投降は絶対に許さず、人間の盾にして米軍に徹底抗戦した。元大本営参謀の厚生事務官が日本軍の実相を知り、「皇軍のなれの果て」と自衛隊に報告するほど、日本軍の住民への残虐行為を嘆いている。
(沖縄にいた)日本軍の最高責任者だった牛島満司令官を祀る黎明之塔への参拝が組織的なものであれば、自衛隊が日本軍の行動をたたえることになる。参拝中止の申し入れは、戦争死没者の気持ちを代弁した行動だ。
巨大災害の発生がますます予想される中、国民の間には自衛隊の救助救援活動を期待し、自衛隊への信頼度は高まっていると思える。
ところが、報道によると、陸上自衛隊が「予想される新たな戦いの様相」の中に、なんと「反戦デモ」をテロと並べて例示している。平和憲法下の日本では、戦争に反対するのは全国民の意思であり、その行動を「新たな戦いの様相」の一つに挙げるのは驚くべきことで、自衛隊にこれまでになかった恐怖を抱かす。
(平和学)