今、戦前を生きている 前田比呂也(中学美術教師・元中学校長)<未来へいっぽにほ>


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前田比呂也(中学美術教師・元中学長)

 余命宣告を受け、その後亡くなった映画監督・大林宣彦さんの「最後の講義」をテレビの再放送で見た。大林さんは、私たちは遠い戦後にいるのではなく、今、戦前を生きている、と語った。

 ウクライナを見て分かったことがある。大国はまだ戦争をすること、戦争になればまず軍事拠点が攻撃されること。次の戦争での沖縄の姿を思い描く。

 戦争が長期化する中、マスコミの論調も変化し、両陣営の思惑や本物の悪人捜しへと議論が移り、問題の本質を識者が解説するという構図となりつつある。しかし、そんなことはどうでもいい。私は、大国の為政者にも、軍隊のヒーローにもなれない。その時がきたら、泣き叫び逃げ回り、誰に看(み)取られることもなく真っ先に死んでいく市民の一人でしかない。だから一刻も早く、戦争を止めてほしいと願うのだ。

 毎年、慰霊の日が近づくと、学校での特設授業の実施が困難になっているという記事を目にする。そう言ってはばからない状況を残念に思う。慰霊の日の特設授業は沖縄の教育の根幹であり、最も重要な学力を育むものの一つだ。沖縄戦の記憶を継承することも大切だが、今を生きる子どもたちに、慰霊の日に考えなければならないことを問うことの何が難しいと言うのか。情報リテラシーを含め、正確な情報に自らたどり着く方法を教えながら、次のように問うてみよう。「日本は、沖縄は平和ですか」「あなたの学校は、あなたのクラスは、あなたの家庭は、平和ですか」と。

 マザー・テレサは、「愛」の反対は「無関心」だと言った。「平和」の反対は「戦争」だけではない。戦争が始まれば、人は人でなくなる。私たちは、遠い戦後を生きているのではない。私たちは今、戦前を生きているのだ。