<書評>『転変・全方位クライシス』 変革試みる希望の詩集


社会
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『転変・全方位クライシス』八重洋一郎著 コールサック社・1650円

 石垣市在住の八重洋一郎さんの叙事詩『日毒』(2017年)は、日本の文学界、思想界に衝撃を与えた。私自身もできうる限りの八重さんの詩集や評論集を集め読んだ。詩集「銀河洪水」(2021年)は、何度も反芻(はんすう)し、詩を理解するために『空海秘蔵宝鑰(やく)』『スピノザのエチカ(倫理学)』も購入した。しかし、いかに難解な詩でも言葉の「律」(リズム)や、その人の息づかいを感じることが重要だと思っている。

 「沖縄の施政権が米国から日本国へ移ってから五十年がたった。ということはわたしの第一詩集から五十年が経ったということでもある」という著者にとって、本詩集は14冊目となる。

 読者は「転変・全方位クライシス」というタイトルに度肝をぬかれるであろう。しかし本書に収められている15の詩編を読めば、現代社会の資本のおごり、自然破壊、倫理の崩壊を、戦争、核の脅威など、現実に起こっていることへの告発の書だということに気づかされる。

 冒頭の詩「叫び」はノルウェー出身の画家ムンク(1863~1944年)の「叫び」を題材としている。「ムンクが聞いた正体不明の/その恐怖」「全方向へのその叫び 私も今は 聞いている」と八重さんは言う。今は聞こえるその叫びとは、詩「危機(クライシス)」に表現されている。「たった八十年にもならないうちに/第三次世界大戦勃発の緊張漲(みなぎ)る激しい空気」「あらゆる倫理(エチカ)が崩れに崩れ すべての形象(かたち)がどろどろに正体なくして」「人類衰亡の確かな徴候(しるし)」と。

 詩「醜悪の中で」は、辺野古で抗(あらが)う人々のことを、はりつけにされ血を流すイエスにたとえている。巨大資本や軍事による開発は、琉球弧の島々の自然を壊滅状態に追いやっている。詩「ある偏頭痛(へんとうつう)から」は、痛烈な文明批判となっている。

 「人類は人類にて亡ぶ」という。しかし、それを超えなければならないというのが、八重さんの祈りであり、人類は「クライシス」を、変革に転じることができるかと問う。詩・思想で社会変革を試みる希望の詩集である。

(安里英子・詩人・ライター)


 やえ・よういちろう 1942年石垣市生まれ。詩集「孛彗(はいすい)」で第9回山之口貘賞受賞。詩集に「夕方村」「血債の言葉は何度でも甦る」など多数。