僕は尊いものですか 前田比呂也(中学美術教師・元中学校長)<未来へいっぽにほ>


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前田比呂也(中学美術教師・元中学長)

 森絵都に「つきのふね」という作品がある。物語の終末に、主人公に宛てた重要な手紙が描かれ、その中に「ぼくは、とうといものですか」という問い掛けがある。

 学校にいると、子どもたちから一日に何十回も「先生、先生」と呼び掛けられる。大概は特に用などなく、「どうしたの」と返すと「今日、給食ある?」とか「明日は5時間?」とか、とっくに分かっていることを聞いてくる。私は、子どもたちが「先生」と呼び掛けたその後ろには、いつも「私は尊いものですか?」という問いがくっついていると思っている。だから、「先生」と呼ばれたら、「あなたは大切だよ」「あなたはここにいていいんだよ」とその度にしっかり答えることが、教師の仕事だと思っている。

 虐待を受けた人が親になり、虐待を加える側になってしまうという「負の連鎖」を、半数以上の人たちは断ち切っていく。乗り越える力は、思春期のたったひとつの出会いであるという。音楽やスポーツ、映画や本との出会いもあるが、そのほとんどが「人」との出会いである。そして、その「人」との出会いのほとんどが、教師との出会いなのだそうだ。教師という仕事こそが尊いものなのかもしれない。

 私は若い頃から子どもたちによくなめられてきた。ずっと面と向かってニックネームで呼ばれてきた。校長になっても変わらなかった。子どもたちにとって、私は意味ある他者になれているかと、いつも不安になる。時間にルーズな子を叱るほど、私は勤勉に暮らせていない。無気力な子を励ますほど、私は希望を抱いて日々を送ってもいない。人の道など説けないが、話を聞くことで共感することはできる。ただそうやって教師を続けてきた。尊い仕事だと信じて。