<書評>『沖縄詩人アンソロジー 潮境 第2号』 何かが蘇生する感覚


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『沖縄詩人アンソロジー 潮境 第2号』「潮境」発行委員会 「潮境」発行委員会・1100円

 本書は沖縄にかかわる現代詩人たちの詩を多数収録するものである。沖縄の詩の現状についてもアンケート結果が示される。以下、気になった詩を紹介する。

 「逆さ寺を見た。伽藍から夥しい怪異が落下して行く」と始まる下地ヒロユキの詩「逆さ寺」は土俗的ともいえる力作である。「伝承にも記されず古文書のほころびから蟲に喰われた。それは蟲祭りの起源だ」というが、どのような祭りなのだろうか。「潮の流れに逆らえない日々は続く。今夜も言葉を失った誰かの夢の通路を逆さ寺は移動して行く」。そんな「逆さ寺」の行く末を見てみたいと思う。

 深い谷底に降りる矢口哲男の詩「迷走論」では「見てらっしゃい、夜になると、水が逆流して来るのよ」とささやかれ、実際、その通りになる。「やがて川下から影とともに溢れてきた水が お、お、お!/私たちの足元にも押し寄せてきて靴を濡らした」。詩を読むとき誰もが、こんな逆流を待っているのではないだろうか。その場所はどこか。

 トーマ・ヒロコ「久茂地三丁目」では那覇の駐車場に運ばれ、野原誠喜「紙芝居」では糸満の洞窟に運ばれ、うえじょう晶「桜雨」でははちまんむい公園に運ばれる。芝憲子「五十年の船」では那覇ふ頭、高良勉「フボー御嶽」では久高島、松原敏夫「わが戦後拾遺集」では那覇の市場、安仁屋眞昭「海岸の闊歩」では宜野湾市大山に連れて行かれる。

 網谷厚子「あやかし」では硫黄島、仲村渠芳江「プンタン・サバネタ」ではサイパン島、飽浦敏「菫」では大阪安治川口辺り、あさとえいこ「天女幻想」では朝鮮半島、今福龍太「マイヌンビの森からの手紙」では中南米に誘われる。

 コロナ以降、沈滞した気分を紛らわすために読んだロベルト・ボラーニョの猥雑(わいざつ)な小説のなかに『野生の探偵たち』という砂漠に消えた詩人を探す長編があったが、詩人たちは「潮境」にいたのかもしれない。久方ぶりに詩を読むことで何かが蘇生するような体験を得た。多くの方々に本書を味わってほしいと思う。

(葛綿正一・沖縄国際大教員)


 沖縄詩人アンソロジー 潮境発行委員会 網谷厚子、松原敏夫、市原千佳子、新城兵一ら10人のメンバーで組織。今回の第2号には56人が詩やエッセーを寄せた。