<書評>『妖怪民話…聞き歩き』 自分、人間とは何者か


社会
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『妖怪民話…聞き歩き』藤井和子著 柏艪舎・1870円

 本書を読みながら私は、今年1月に亡くなられた立命館大学名誉教授の福田晃氏は、琉球列島の昔話や伝説などの民話を50年以上にわたって調査研究してこられた方であるが、学生から「先生はなぜ研究をされているのですか?」と質問された際、即座に「自分とは何かを知るためだ。自分とはひいては人間のこと」と答えたとのエピソードを思い浮かべていた。琉球列島を含む全国各地の「妖怪民話」を20年以上聞き歩いてきた著者の心を突き動かしてきたものもまた、とどのつまり「自分とは何か、人間とは何者か」という問いだったのではあるまいか。

 著者のいう「妖怪民話」とは、合理的には説明できない不思議な出来事(「怪異」)に人間が遭遇する話である。20世紀後半の高度経済成長に伴う家庭や地域社会の構造的変化、さらには通信機器の発達やインターネットの普及に伴う大量情報消費社会の出現によって、「口伝えによる物語り」が絶滅の危機を迎えているといわれる今日、著者はこの危機意識から全国各地を行脚して、語り手の息づかいのする「妖怪民話」を訪ね歩いた。その末に著者がたどり着いたのは、妖怪という存在を通して人間の弱さと強さ、愚かさと賢さを知ることができるという、民話に込めた先人たちの知恵だった。

 本書には、「キジムナー」「エイ女房」「通り池の継子岩」「木の精の妖怪“ヒーノモン”」といった琉球列島に伝わる民話もいくつか収められているが、これらの話の背景にあるウチナンチュ(琉球列島の人びと)の暮らしぶりや語り手自身の横顔もあわせてたっぷりと紹介されている。突然に遭遇した怪異に畏(おそ)れおののき、繰り返し訪れる理不尽さに唇をかみしめながらも、ユーモアを忘れることなく、それでもまた上を向いて歩こうとしてきた先人たちのたくましさが、後の時代を生きる私たちにもより一層はっきりと伝わってくる。

 生きる知恵が詰まった貴重な「聞き歩き」の記録を残してくれた著者に心から感謝するとともに、本書が多くの方に読まれることを願ってやまない。

 (鵜野祐介・立命館大教授)


 ふじい・かずこ 1939年香川県小豆島生まれ、妖怪通信主宰。大学卒業後講談社に入社。編集部で中根千枝著「タテ社会の人間関係」など担当。95年ごろから全国規模で昔話の取材を始める。