<書評>『沖縄戦と琉球泡盛 百年古酒の誓い』 歴史的価値をもつ一冊


社会
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『沖縄戦と琉球泡盛 百年古酒の誓い』上野敏彦著 明石書店・2750円

 泡盛の魅力は、それを取りまく「人」と、「歴史」にある。改めてそれを強く共感した一冊に巡り合えた。

 共同通信の記者だった著者は、酒や食に精通し、これまで出版された本は特定の主人公を通し書かれている。しかし、本書では戦後復興の中、泡盛の再生に尽力したさまざまな人のドラマが語られており、登場人物は、80人以上に及ぶ。古酒の番人と呼ばれた「うりずん」店主土屋實幸、醸界飲料新聞の発行人で泡盛業界のご意見番だった仲村征幸の2人をはじめ、戦後焼け野原となった酒蔵跡で掘り出したニクブク(稲わらのむしろ)から黒麹菌をよみがえらせた咲元酒造2代目佐久本政良、復興の道を共に切り開いた佐久本政頓、現在に至る蔵人たち、酒質向上に尽力した国税の鑑定官、泡盛普及に情熱を注ぐ酒販店経営者、先人の意志を継ぎ今の時代に活躍する人々は、誇り高く突き進む。その姿に心が揺さぶられる。そして、長年にわたる著者の取材の深さに、執念を感じ感服する。

 さらに、本書の特質は単なる泡盛本ではなく壮絶な沖縄戦が詳細に記されていることだ。沖縄戦を合わせた重いテーマを敬遠する出版社に対し、著者は、それは歴史の忘却だと考えたという。それ故に、歴史的資料価値をもつ一冊になったと言える。

 琉球国最後の王尚泰の四男尚順が所有していた200年の古酒は、松山御殿に押しかけた日本軍らが浴びるように飲み、地中に埋めて逃げた蔵の古酒は鉄の暴風により、そのほとんどを失った。あの戦争がなければ私たちは100年を有に超す古酒を味わえたのかと思うと悔しさがこみ上げる。「古酒を造りつづけることは戦争をしないという強い意思表示」と、土屋が語っているように、平和の時代を築き次世代につなぐ「百年古酒」を育んでいかねばならないと強く誓う。

 本書を読み終える時、グソー(あの世)から「貴君らに託したのだからしっかりしたまえ」と仲村の叱責(しっせき)が聞こえ、「まぁ、とりあえず一杯飲みなさい」と土屋がほほ笑む顔が浮かぶのではないだろうか。

(富永麻子・泡盛ルポライター)


 うえの・としひこ 1955年神奈川県生まれ、記録作家・コラムニスト・文芸誌「新・新思潮。」同人。元共同通信編集委員兼論説委員。主な著書に「海と人と魚」「福島で酒をつくりたい」など。