<書評>『山之口貘全小説 沖縄から』 背景にある体験 豊富に表現


社会
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『山之口貘全小説 沖縄から』山之口貘著 河出書房新社・3190円

 またしてもばくである。私は、かつて『山之口貘全集 第二巻 小説』(思潮社、1975年)で、ばくさんの主要な小説を全部読んだことがある。

 そして今回、『山之口貘全小説 沖縄から』で再びばくさんの「全小説」を読み返すことができた。本書には、21本の小説と1本の自伝が収録されている。再読してみて、「全集」を読んだ時には気付かなかった重要で面白い点も分かった。

 本書は、作品を発表順ではなく内容上で大きく2つに分けて編集されている。「詩人の結婚」前後で分けられている、と言っていいだろう。前半は、沖縄から東京へ行って野宿をしたり、放浪詩人となって「天国ビル」に居住したり、さまざまな職業を転々としながら貧乏生活をやった体験を小説にした作品群である。

 後半は、結婚もやり娘ミミコも生まれて大学付属小学校へ入学させながら、相変わらず借金生活に追われる日々を中心にした作品が収録されている。

 全体を通して、ベスト4の小説を上げるとすれば、「天国ビルの斎藤さん」「親日家」「詩人、国民登録所にあらわる」「関白娘」となるであろう。読み返してみて、いかに「天国ビルの斎藤さん」関係の作品が多いかに驚かされた。「親日家」も「詩人、国民登録所にあらわる」も「お福さんの杞憂」「穴木先生と詩人」等、8篇が、天国ビルと斎藤さん関係の小説となっている。

 それにしても、両国ビル時代と職業を転々とした頃の窮乏生活はすさまじかった。その頃の自分を「ついに犬なのである」(詩人、国民登録所にあらわる)と書いている。私は、それでも「放浪詩人」をやり抜いたことに感動した。

 一方、在日朝鮮人の斎藤さん、中国人の竜景陽さんとの交流にも注目した。貘さんは、日本社会の最底辺の人々と助け合って生き抜いたばかりでなく、在日の被抑圧民族とも親しくしていた。本書には、自伝と詩のバックにある体験が、豊富に表現されている。巻末の仲程昌徳の「解説」も良い。

(高良勉・詩人/批評家/沖縄大客員教授)


 やまのくち・ばく 1903年沖縄生まれ、詩人、作家。著書に「詩集 思辨の苑」「定本山之口貘詩集」「山之口貘詩文集」など。