<書評>『エクアドール』 自由な“レキオス”の冒険


社会
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『エクアドール』滝沢志郎著 双葉社・1980円

 高校時代、世界史で大航海時代(15世紀半ば~17世紀半ば頃)について学んだことがある。西欧人が香辛料を求めて東南アジアへ来たとかなんとか。ざっくりこんなことしか覚えていない。はるか昔の、遠い異国の話。滝沢志郎著『エクアドール』を読むと、そんな世界観が一変した。これはアジアから見た大航海時代の物語である。

 尚清王の治世が作品の舞台だ。主人公は元倭寇の眞五羅(まごら)であり、ぜんぜん琉球人(レキオス)ではない。クセのある人物で、海賊から足を洗い、今は琉球国の下級役人だが、公務員というより元ヤンキー感が強い。上司にタメ口だわ、名家の坊ちゃんを若造呼ばわりするわ、子持ちの女性をナンパするわ、やりたい放題である。

 旧友の弥次郎(現役の倭寇)と再会した眞五羅は、琉球国の危機を知る。倭寇は徐々に勢力を増し、いずれ大船団で那覇を襲うだろうと弥次郎は言った。それを防ぐためには砲台を築く必要があった。どうしても欲しいのは「仏朗機(ふらんき)砲」という名の大砲だ。手に入れるためには、ポルトガル領マラッカまで旅立たねばならない。上司の王農大親(おうのううふや)、名家の坊ちゃん与那城樽金(よなぐすくたるがね)、久米村の梁元宝(りょうげんぽう)らとともに眞五羅は選抜メンバーに選ばれた。気乗りのしないまま旅に出ることを決意した眞五羅。彼らの命がけの冒険が始まった。

 味方にすると頼もしい元ヤン眞五羅を中心に、一行はハードな旅を続けていく。坊ちゃんだった樽金はピンチを乗り越え、やがて仲間のために行動する人物へと成長する。変わったのは樽金だけではなかった。旅を通じて、眞五羅も心情が変化していく。レキオスとは琉球国に出自を持つ者だけじゃない。心が通じ合えばみなレキオスだということが作品のテーマなのだろう。

 国名や人名など最初とっつきにくいけど、読むうちにだんだん慣れてくる。マラッカとアチェとジョホールの三つどもえの対立も面白い。まだ自由だったころの琉球国の物語。強者に対して一歩も引かないレキオスたちがカッコよかった。

(赤星十四三・小説家)


 たきざわ・しろう 1977年島根県生まれ。2017年、「明治乙女物語」で松本清張賞を受賞し小説家デビュー。著書に「明治銀座異変」「明治乙女物語」など。