共同参画の形骸化 男女平等は待ったなし<女性たち発・うちなー語らな>


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宮城公子氏

 卒業生が時々職場にやってくる。横浜で働く女子が会社の男子に、「旦那さんいないの?」と聞かれたそうだ。女性が外で働いているからには、稼ぐ「男」のパートナーが当然いないのだろうというお花畑ジェンダー思考だったようで、「いい大学出ているのに、今時こんなのがいるんですよー」と彼女はキレていた。

 確かにどこのいい学校を出ようとジェンダーの基本を学んでいなければ、あるいはむしろ、母親が主婦であり、それで問題のない家庭で育ったのなら、そんなジェンダー観で「普通」なのかもしれない。

 1980年ごろまで圧倒的に多かった片働き世帯は、97年に共働き世帯に数を追い抜かれ、その後も減り続けているので、この男子こそ少数派ともいえる。

 女性の大学進学率も少しずつ上昇しているが、学部進学では男子58・1%に対し女子51・7%であり(2022年版男女共同参画白書)、社会に出ても非正規職では女性が多く、男性の70%程度の女性の賃金格差はなかなか解消されない。

 コロナ禍でも対人サービス業従事者の多い女性が男性より多く解雇され、屋内生活の増加によるDV虐待、若年妊娠、貧困化、ひとり親を含む子育ての困難、さらに世界に対して低かった女性の自殺率などが増加している。

 従来から存在していたジェンダー的問題が一気に可視化されたという指摘が多くあるが、解決にはどう向かうかの国の鮮明な答えは、政治のさまざまな迷走の中、出てこない。

 21年の男女共同参画白書は、これらの苦境において「男女共同参画の遅れが露呈した」と分析しているようだが、苦い思いを禁じ得ない。

 元厚生省児童家庭局企画課長の大泉博子氏は、男女共同参画推進本部(94年)が制定した、男女共同参画社会基本法(99年、以下基本法)の成立過程や背景を振り返りながら、その中心的考えがエリート層の女性を主に対象とした「官製フェミニズム」であり、「草の根の女性」のさまざまな男女平等への思いに応じたものではないとした。同様の意見も他に多くある。

 大泉氏は、国が市町村にまで基本法に基づく条例の策定を求めた際の反発は、単に男性中心の行政側の拒否だけでなく、社会の基本的男女平等の要請からずれていたからであり、その後共同参画は形骸化し、今なお解決されるべき男女平等が山積していることにつながる、とする。(https://ippjapan.org/archives/1218)

 悲しさと憤りにかられはするが、男女平等の後進国克服に待ったはかけられない。政府の空回りを呪いつつでも、身の回りの、ありふれたジェンダー不平等への否を一歩ずつ進めていきたい。