<書評>『初期歌舞伎・琉球宮廷舞踊の系譜考』 精力的かつ丹念な思索


社会
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『初期歌舞伎・琉球宮廷舞踊の系譜考』児玉絵里子著 錦正社・11000円

 当著の背景と、目的意図について児玉絵里子氏は、「芸能史研究において「芸態」の重要性は漠然と指摘され、芸態をしのばす画証として屏風絵などの絵画資料が多く取り上げられたものの、……『型』そのものへの言及や指摘は行われず、」「本研究は琉球舞踊と綾子舞を実際に稽古する著者が、自らの舞踊体験と美術史研究から得た『芸態の比較対照研究』という方法を駆使し、……綾子舞と琉球の宮廷舞踊とが初期歌舞伎に由来するという仮説を実証しようと試みるものである」と記している。

 そのような観点から児玉氏は琉球舞踊と綾子舞などの芸態、諸種の絵画資料図像などの間を錯綜(さくそう)往来しつつ精力的かつ丹念に思索を重ねて当著をまとめ上げたのである。

 著者が考察の意図を明快に提示していたと思えた2点を例示したい。一つは“投げ扇の型”の説明である。これは扇の地紙の左端を左手につまんで舞台の下手に向き、身体の前で大きく弧を描いて客席側に投げ出すもので「従来、琉球舞踊の他の演目には見られない、若衆特牛節(こていぶし)特有の”珍しい扇の扱い”と指摘されてきた。ところがこれと同じ扱いを綾子舞(評者註:新潟県の伝承)の小歌踊・囃子舞に見いだすことができる」と記すとともに、寛文美人図「扇舞図」(千葉市美術館)に描かれた舞踊の型も、この“投げ扇”の型を描いたものとの説明を加えている。

 二つ目は“元禄見得”の成立過程についてである。それを要約すると、近世初期の風俗画の1人立舞踊図には、扇を持つ右手を上にかざして止める所作だが、上体の捻(ひね)りと軸足に推移が描かれている。こういった振りは琉球宮廷舞踊の若衆特牛節などにも認められる。こういった手が踏み出した足の角度と勢いが強まって、ほかでもない市川家のお家芸荒事とにらみとして展開したものだと。

 まさに、絵画図像に見る初期歌舞伎の芸態が琉球宮廷舞踊などに現存することを見せてくれたと思わせる好著である。

 (星野紘・全日本郷土芸能協会理事長)


 こだま・えりこ 文学博士。沖縄国際大南島文化研究所特別研究員、法政大沖縄文化研究所国内研究員など務める。沖縄の伝統芸能については人間国宝らに師事して学ぶ。著書に「琉球紅型」など。