ボランティア活動 冒険なしでは得られない 崎原末子(フレンズ&5代表取締役)<女性たち発・うちなー語らな>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
崎原末子氏

 1988年、当時の職場の上司である親泊一郎氏の紹介で、国際的なボランティア団体である沖縄ベンチャークラブに入会した。40歳までの有職女性でつくる会で、国際ソロプチミスト沖縄に支援されていた団体だ。活動は「できる人ができる時にすればいいのよ」という穏やかな印象だった。

 しかし、中身は大違い。誰かの役に立ちたいという思いの下、活動のスローガンは「冒険なくしては何物も得られない!」。さまざまな活動に取り組んだ。

 電動車いすの方々の交通移動手段が乏しい当時、那覇市に車いすで利用できるリフト付きバス第1号「うまんちゅ号」を贈呈した活動も印象深い。講演会やバザーなどにも取り組み、国際ソロプチミストや他の団体と共に予定より1年早く達成した。名もなき私たちが、まさかあの大きなリフトバスを購入でき、その後、利用者が多いと聞いてうれしかった。

 資金調達のために開催した講演会では、今では当たり前になっている手話通訳や要約筆記を取り入れ、多くの人たちが講演会に参加できるさきがけになったと言われた。まさに「冒険なくしては何物も得られない!」を実践した。

 その時の達成感、関わった人たちとの時間は私のボランティア活動の原風景になっている。

 あの熱気をふと思い出す時、個の時代、そして情報にあふれている今と違い、全て手探りでとにかく動き、さまざまな出会いを糧に、課題や困難に処するすべを自然に学んだのではないかと思う。互いに利害関係抜きに、異年齢の仲間が集まり、同じ目的に挑み、社会を1ミリでも良くしていこうという人たちとの活動はいつの間にか、物事の捉え方や進め方、対人関係においても自分自身の成長につながった。

 築いてきた友情、成し遂げた時の喜びに支えられ今につながっているのだと思う。

 その他、国際通りやせせらぎ通りの掃除活動、国立沖縄病院の筋ジストロフィー病棟に読み聞かせや特大クリスマスケーキを贈る活動などに取り組み、ケーキのプレゼントは現在まで34年間続いている。

 かけがえのない仲間たちとの時間は、それぞれの人生にも大きな影響を与えたのではないかと思う。

 時は過ぎ、沖縄ベンチャークラブは解散した。その後、クラブのOBと国際ソロプチミスト沖縄の有志と新たに仲間を加え、2010年に新たにボランティア団体、ジョイネス沖縄を60人で立ち上げてからはや12年、活動の視点は「女性と子どもたち」だ。DV被害者を支えるシェルターや子ども食堂の支援など。中高年のうちなー女性たちは“冒険なくしては何物も得られない”という言葉を胸に、今日も熱意にあふれている。