『汽車ポッポ判事の鉄道と戦争』 平和の祈り込めた半生記


社会
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『汽車ポッポ判事の鉄道と戦争』ゆたかはじめ著 弦書房・1800円+税

 鉄道は、平和とともに在らねばならない。“汽車ポッポ判事”と呼ばれるほどに鉄道文化を愛してきたゆたかはじめさんの、抑制のきいた筆致からにじみ出る強い思いを全編に感じながら読んだ。

 鉄道という現在・過去・未来を繋(つな)ぐ視点でつづった氏の半生記は、そのまま〈貴重な昭和史〉である。戦前ののどかな東京風景をつづった「第一列車 昭和生まれの電車少年」から、平成の世に法曹界を引退・沖縄移住を果たしてからの「第四列車 走り続けるトラムのおじさん」まで、しゃれた章立てのなかで特に感銘を受けたのは「第二列車 敗戦を生きた鉄道学徒」。庶民の暮らしを支えていた鉄道が、いつの間にか軍事利用優先となっていく。戦争はある日突然始まるのではなく、気がつけばレールの向こうで待っているのだ。
 しかしこうした戦時下を「弱虫」と自ら言いながら、暗い時代を過ごしていくゆたかさんの姿に、僕は勝手に共感してしまった。弱虫は平和の時にしか行動できないのかもしれない。だからこそ暗い時代を、何とか生き延びなければならないのだ。これは今の日本に、そのまま通用するのではないか。
 70年前、長崎に原爆が投下されたその日、爆心地を負傷者救援のための列車が走った。著者の妹・雅子さんも乗車したというその列車の光景が、本書のカバー写真である。日本は、このようにして敗戦を迎えたのだ。忘れないでおこう。
 法曹界で在職27年間のうちに国内路線を「完乗」したほどの鉄道ファンである著者は、なぜか引退後の第2の人生を、戦後鉄道が走らなかった沖縄にやってきた。戦前の軽便鉄道の面影を確かめ、ゆいレールの魅力を楽しむうちに、最新式の路面電車トラムが島内を走る姿を沖縄の未来のビジョンとして、その実現に力を注ぐようになる。新しい鉄軌道の可能性を語る著者の語り口は夢に満ちていて、しかも力強い。それは、鉄道という生活文化は、平和の象徴でなければならないという、ゆたかさんの祈りの強さそのものなのかもしれない。
 (新城和博・ボーダーインク編集者)
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 ゆたか・はじめ 1928年、東京生まれ。エッセイスト。最高裁調査官、福岡高裁長官などを勤めた。93年、東京高裁長官を定年退官後、沖縄に移住。

汽車ポッポ判事の鉄道と戦争
ゆたか はじめ
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