ハリー王子自伝本の波紋 戦争の真実、直視したい<乗松聡子の眼>


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乗松 聡子

 2020年に英国王室を離脱した「サセックス公爵ハリー王子」(以下、ハリー氏)の自伝本「Spare」が10日に発売され話題を呼んでいる。私は英国の帝国主義を象徴する存在である王室は支持していない。しかし、この本についての報道でハリー氏が12年に英国陸軍の一員としてアフガニスタン戦争に派遣され、「タリバン戦闘員25人を殺した」と告白している部分に、「自慢している」「報復を招く」などの批判が集中していることに違和感を覚え、実際本を手に取ってみた。

 ハリー氏の告白は確かにショッキングだった。私たちは日頃、国際面で扱うような戦争における戦闘員の「損失」と、社会面で扱うような「殺人」事件を、同じ人殺しであるのに前者は合法、後者は違法であるかのごとく線引きをしている。ハリー氏の記述はその線引きを読む人の眼前で破棄し、心のどこかで戦争における殺人を容認している人たちの心の平静を奪ったのではないか。

 戦争は「合法」であるかのごとくと書いたが、9・11テロ事件を受け、米国と英国を含む同盟国がアフガニスタンとイラクに対し「テロとの戦い」という名目で行った戦争は国連憲章違反であり、その中で大規模の一般市民虐殺や捕虜拷問などの戦争犯罪があった。これらを顧みずして、戦争の真実を語っただけのハリー氏をたたくのはお門違いと言える。

 ハリー氏の記述でとりわけ物議を醸したのは、殺した相手を「人間とは思わず」「取り除かれたチェスの駒」と言った部分だったが、実際はこう書いていた。「人間を人間と思ったら殺すことなどできない。人間と思ったら人を傷つけることなどできない。盤上から取り除かれた駒、悪人が善人を殺す前に排除する。私は彼らを『他者化』するようよく訓練されていた。このように相手から自分を切り離す訓練は問題だとも思うが、兵役では不可避の要素だ」。

 軍隊を知る人ならハリー氏の言うことを否定できる人などいないだろう。日本軍の残虐行為も、隣国の人々を人間以下と思い込ませることで可能になった。「731部隊」の生体実験の被害者も「マルタ」と呼んだ。政治学者で退役軍人のダグラス・ラミス氏は「要石:沖縄と憲法9条」(昌文社、2010年)で、入隊する人の98%は人を殺すことに抵抗があり、訓練の目的とは「人を殺せない人間から、殺せる人間へと生まれ変わらせる」ことだと述べている。兵士たちは「吐くとか、震えるとか、泣くとか、倒れる」などの生理的反応を示しながら人を殺すことに慣れていき、同時に心と体をむしばまれていく。

 ハリー氏の部隊はその後「息抜き」のためにキプロスに連れていかれ、お笑い劇を見せられたが、笑う人はほとんどいなかったという。「皆、苦しんでいた」とハリー氏はつづる。戦場の記憶を消化中で、精神の傷を負っていたと。文面からはハリー氏自身も心の傷を負ったことが察して取れる。

 タリバン指導者のアナス・ハッカーニ氏はツイッターで「あなたが殺した人たちはチェスの駒ではなく人間でしたし、待つ家族がいました。アフガン人を殺した者たちの中には、あなたのように良心を吐露し、戦争犯罪を告白するような良識を持つ人は多くないでしょう」と言った。ハリー氏の語った真実を承認する声は、皮肉にも被害国から出てきている。

 新年、戦争の真実から目を背けるのではなく、直視することこそが、続行する戦争を止め、進行する戦争準備を阻止するために必要なことだと思っている。

 (「アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス」エディター)