「白人救世主」の構図 島田叡氏の美化を問う <乗松聡子の眼>


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乗松 聡子

 11日に那覇市内で開催された「2023『建国記念の日』に反対する2・11沖縄県集会 歴史の真実を次代へ」にオンライン参加した。「島田叡(あきら)・『沖縄の島守』像を検証する―何が問われるべきなのか」というテーマで、「汚名 第二十六代沖縄縣知事 泉守紀」(1993年)著者の野里洋氏らが登壇した。

 野里氏は沖縄戦時の島田知事について、1945年1月の任命時、戦場になると分かっていた沖縄に自分が行くしかないとの使命感を持っていたことと、野球の名選手であったという要素が重なり「立派な人」とのイメージができたのではないかとの見方を示した。

 「偉人」像を補強したのが、前任者の泉守紀氏につけられた「逃げた知事」との汚名だろう。野里氏が泉氏や妻を直接取材し、託された日記を基に書いた「汚名」本からは、泉氏は軍に容易に同調しない知事であったことや、東京出張中に香川県知事への転任を命じられたのであって「逃げた」という理解自体が正確でないことが分かる。

 島田知事と荒井退造警察部長以下県職員450名余を顕彰する「島守の塔」が生存職員らの働きで建立されたのは51年であった。2000年代から、田村洋三著「沖縄の島守 内務官僚かく戦えり」(03年)が出て、TBS番組「生きろ~戦場に残した伝言~」(13年)、同取材班の本「10万人を超す命を救った沖縄県知事・島田叡」(14年)と、救世主的演出が強まる。そして奥武山公園の顕彰碑建立(15年)、佐古忠彦監督の映画「生きろ」(21年)、五十嵐匠監督の「島守の塔」(22年)と、英雄化傾向はここ数年で加速した。

 島田氏の偉人的描写の中には資料的根拠がないものや誇張もあることを、11日の集会で登壇した川満彰氏ら研究者が新聞などで指摘している。もちろん、島田氏と側近との信頼関係があったことは証言からも分かるし、沖縄に島田氏を評価する声があることは尊重したい。ただ、私が問題視するのは日本人がこれに乗っかることだ。

 米国では近年、抑圧された集団を白人ヒーローが救ってあげるという映画には「白人救世主」的だとの批判が集まる。先住民族の味方として共に戦う白人男性を描く「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990年)、クリント・イーストウッドがマイノリティーを守る「グラン・トリノ」(2008年)、黒人音楽家への差別と闘う白人運転手を描く「グリーンブック」(18年)などだ。これらの映画は、マイノリティーを弱い存在として描き、結局マジョリティーの優越性を強化し加害構造がぼかされる。一見感動的でありながら、根底にレイシズムがある。

 私は一連の、日本人による島田叡美化作品はまさしくこの「白人救世主」の構図と見ている。沖縄戦における「立派な」日本人知事に焦点を当て、見る日本人を気持ちよくするナラティブは、日本が「捨て石」として何十万もの沖縄人の命を奪い傷つけたという沖縄戦の本質の理解を妨げかねない。そしてそれは、現在進行する、日本が琉球列島を再び戦場化する動きと無縁ではないと思っている。

 (「アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス」エディター)