本紙文化欄の連載「沈黙に向き合う 沖縄戦聞き取り47年」では、大江健三郎ノーベル文学賞作家について、かなりスペースを割いてきた。その連載を書籍化し、6月に上梓(じょうし)したら、さっそく大江氏に贈呈できることを楽しみにしつつ作業していた。その最中に訃報を受け、とても落胆している。
私が直接大江氏にコンタクトをとったのは、歴史修正主義者が大江氏は世界的著名人ということでか、「沖縄ノート」の著述をめぐって、「集団自決」の軍命令の有無が事実上の争点になる被告人としての裁判を起こされた時だ。被告人にされ、家族内が憂鬱(ゆううつ)な気分になっていることを新聞エッセーで知り、裁判では敗訴はあり得ないことを伝えるため、「援護法」の仕組みを書いた論文を読んでもらった。軍の命令、強制によって「集団自決」したということにして、厚労省は集団死した人の遺族に遺族給与金を支給してきているからだ。軍の命令がなかったら遺族年金の取り消し、靖国神社への合祀(ごうし)を取り消しせざるを得なくなる仕組みなので、大江氏側に敗訴はあり得ないわけだ。
このことを十分に理解していたので、判決の日に「記者会見の発言の前半を“集団強制死”の定義についてあてましたが、本土の新聞でみますかぎりなお“集団自決”の用語が使われていますこと、残念でした」という私信を下さった。ノーベル賞作家の沖縄戦体験の認識は、今後も沖縄戦体験研究に与える影響は多大だ。その点からも、大江氏は大きな功績を残してくださった。