<書評>『Temporality』 時間と空間織り込まれる


社会
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『Temporality』仲宗根香織著 小舟舎・6050円

 少し遠景にある白い滝の流れが留まっているその前に、20年前にモノクロ写真で写された仲宗根のセルフポートレートが差し込まれている。彼女がみつめるその先には、未来を予兆するかのように現在でも写真を撮り続けている彼女がみつめ返す。20年という長い年月をかけてまなざし続けた「時間」を、来訪者はそっと漂うことが許される。

 新聞紙に包まれ仏壇に添えられる菊の花束、夕暮れの日差しと同化するように枯れた花、泊にあるオランダ墓が光に包まれている光景、影に覆われ顔が判別しない人間の肉体、すでに解体された農連市場の風景、何度も反復されるカーテンや窓、花束たちは、写真のどこかに終焉の兆しと少しずつ変貌してゆく事物を静かに映しだす。

 通り過ぎる風景は誰にでもある記憶の経験として積み重ねられる。沖縄本島、竹富島、屋久島、バンクーバー、ページをめくるたびに仲宗根が訪れた時間を、写真は観者にも記憶の残像として刷り込まれるだろう。

 写真は時間が映り込む。あえてその時間(テンポラリティ)をタイトルに据えたのは、写真と写真の「あいだの時間」に対する意識でもあるだろうか。感光するフィルムを選び、撮影し、暗い部屋で1人、フィルムと印画紙を現像する。セーフライトの赤色灯の下、20度の冷たい液を指先で触れながら、水の中から浮かび上がる風景にもう一度目を凝らす。その間にもこぼれ落ちる風景を見逃さないように、日々、カメラを持ち続け、偶然との出会いを写し続けた。

 クロノロジカルに並んでいるわけではないのは、きっと、私たちの記憶も時系列のままではないはずだからではないか。選べない記憶は曖昧なままそのリアリティーを保持している。

 誰にもこびることなく、写真とはなにか、と問い続けた20年の軌跡が丁寧に刻まれた写真集は、時代とは裏腹に穏やかな、しかし確かにそこにあった時間と空間が織り込まれている。湖の水面に漂う表紙の光は、写真集のTemporalityの銀の文字と反射し、写真集というフレームから流れはじめるだろう。

(根間智子・美術家)


 なかそね・かおり 1979年那覇市生まれ、写真家、小舟舎主宰。2011年に雑誌『lasbarcas』を創刊。写真関係では16年に個展、17年にグループ展開催。