『詩集 トゥバラーマを歌う』 胸打つ八重山の原風景


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『詩集 トゥバラーマを歌う』飽浦敏著 土曜美術社出版販売・2000円+税

 まず「あとがき」を読んでみよう。「一途に故郷への思いを書いて、四十年余の年月が過ぎました」。故郷を遠く離れて生活すれば誰しもそう思うであろう。飽浦さんはその思い一筋に四十年余、故郷の良いところ、懐かしいところ、美しいところを丹念に書いてきた。特に歴史や生活の中で人々が織りなしてきた哀(かな)しみについては万感の思いでその言葉がつづられている。

 しかしこのような詩には一つの危険がある。あまりにも狭い範囲、あまりにも単純な主題、そして思い入れのあまり内外へなすべき批評の沈黙。このような位置は実に甘く快く、ついついその環境に浸りきりになってしまう。飽浦さんはその危険をよく自戒し歳月をかけることによって避けることができた。
 さてこの度の詩集、八重山の人間にとって親しい、人妻が無体な役人に連れ去られる悲劇を猫(マヤ)に託して歌った「マヤユンタ」や、生まれ島・黒島の姿を於茂登岳に遮られ悲しみのあまり石になってしまった「野底マーペー」の話などが鍛えられた詩語と構成によって的確に再生され、八重山を超えた広がりを得て読者の胸を打つ。
 詩集表題「トゥバラーマを歌う」は詩「窓の灯」「ユネンティダ(夕映)」に描かれ、そのような風景は八重山人の記憶の原点、懐かしさの原点、感情の原点であり、それが都市化する街並みをぬって今なお夕映えのする西の空へ漂っていくのである。夕日に照らされ馬の背に揺られながら白髪頭の老人が歌うトゥバラーマ。その切なさ懐かしさ。
 やがて詩人は潮騒鳴りやまぬ浜辺を訪れその静寂に驚く。そして胸の奥からしきりに抜け出したがる孤独な魂を思い切って外へ放つ。と、それは海や空の蒼(あお)に染まり、抜け殻である身体は浜辺に打ち上げられた珊瑚のかけらのように波に洗われ時間に晒(さら)され白い砂になっていればいいと歌うのだ(「蒼に染まる」)。
 それは現実の風景ではなく、飽浦さんが40年かけた詩眼によって発見された原風景なのだ。その蒼と白のコントラストに読者は詩の奥ゆきを堪能することだろう。(八重洋一郎・詩人)
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 あくうら・とし 1933年、石垣市生まれ。96年に詩集「星昼間」が山之口貘賞。2013年、「おもろの土産」で伊東静雄賞(奨励賞)。兵庫県在住。

トゥバラーマを歌う
トゥバラーマを歌う

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飽浦敏
土曜美術社出版販売