<書評>『与那国沖 死の漂流』 海難事故防止に貴重な記録


社会
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『与那国沖 死の漂流』伊良皆高吉著 南山舎・1430円

 本書は、1957年1月18日の与那国島沖合で起きた祐清丸の遭難事故について、同船に乗船して遭難、漂流し、九死に一生を得た著者の伊良皆高吉さんによって、当時の記憶が詳細に記録されたものである。初版からの幾度かの改定を経て、本書ではさらに詳細な記述と関係諸氏の寄稿が加えられた内容となっている。

 2022年4月の知床遊覧船遭難事故が記憶に新しいが、このような特に業務上の過失を伴う不幸な海難事故を防ぐためにも、その記録を風化させずに伝承していくことが極めて重要である。本書では、乗船前から遭難、漂流、救助にいたるまでの船内の乗客や船員の様子や船からみた気象海象の状況に加え、関連する新聞記事や報告書による客観的な記述も添えられており、当時の状況をさまざまな視点から理解し、その防止に向けた取り組みを考察する上でも貴重な一冊となっている。

 本書における詳細な記憶の記述や、添えられた「機船祐清丸遭難事件裁決書」の内容から、複数の過失や悪条件の重なりがこの事故を生じさせたことがわかる。特に喫水が比較的深い祐清丸は底触による損傷や修復の履歴があり、事故前日にも石垣港出港時に高波に伴う底触があったにも関わらず、翌日には船底の状況確認も不十分に出港したこと。また島々やサンゴ礁による遮蔽(しゃへい)効果のある石垣島~西表島の海域に比べ、事故当日の西表島~与那国島の海域ではより厳しい海象条件となることが想定されるにも関わらず、気象の回復傾向下で石垣島周辺での海上注意報が解除されたことから、与那国島への出港を判断したことなどは重大な過失であったと思われる。

 乗客の様子からは旧正月直前の渡島という条件も重なって乗船を決断した様子も伝わり、いわゆる正常性バイアスによる判断の誤りの怖さも改めて感じた。また、南国とはいえ冬季の厳しい条件下での漂流に前向きに耐え抜いた著者の力強い思考や行動にも大いに学ぶところがある。

(田島芳満・東京大教授)


 いらみな・こうきち 1937年石垣市生まれ、東京都在住。沖縄県指定無形文化財八重山古典民謡技能保持者。元県議会議長。現在、都内で沖縄音楽三線教室を主宰、八重山音楽の魅力を発信している。