4月1日に改正個人情報保護法関連の法令が全面施行されるほか、マイナ保険証に関する「療養担当規則の一部を改正する省令」の運用が始まり、今国会に提案中の番号法(マイナンバー法)関連が成立することで、いよいよ「マイナカード」も次のステージに入る。最初は、存在するだけだったマイナンバーカードが、ポイントカードとして普及率を高め、8割が見えてきた現段階で、一気に義務化が進むということになる。
本紙でも社説等で、その「なし崩し」に警鐘を鳴らすことはあるものの、状況は止まらないどころか、単に個人情報の漏洩危険性の拡大というだけではなく、憲法問題にまで拡大している。いま改めて、持たないことが生む不利益が許容される範囲なのか考えておきたい。
「先進」自治体
政府意向を受けての「優等生」自治体の1つは岡山県備前市のようだ。2月以降に矢継ぎ早に政策を発表し、世間の話題になっている。マイナカード提示による市バス運賃の無料化や、高校生の制服代や授業で使用するタブレット購入費用のほか、定期代についても一部を補助することが発表された。さらに家族全員がマイナカードを所持する場合は、小中学校の給食費や保育代を免除することにした(2022年度から全世帯無料にしていた措置を、23年度から有料に戻す際にカード取得者は無料を継続)。
発表後、市内でも反対の声があがったものの、3月議会で条例案は成立したが、4月に入って市長が一方的に方針を撤回するに至っている。こうした施策が生まれるのは政府の「誘導」があるからだ。国は各自治体に配る地方交付税について、23年度は自治体のカード交付率に応じて配分額に格差を付ける方針を発表している。さらに、地方のデジタル化を後押しするデジタル田園都市国家構想交付金もあり、カードの普及が進んでいる自治体ほど財政的なメリットを受けられる仕組みだ。備前市はこうした方針も関係してか、交付率は県内トップだ。
ちなみに沖縄県内自治体は、総じて低いとされている。県は2月末段階で全国最下位と発表されており(51%で、最も高い宮崎県とは25ポイントの差)、県は申請をするよう県知事先頭に呼び掛けを強めているが、先の交付金は他県に比べても格段に低い額にとどまった(4月3日交付決定)。
教育の機会均等
わかりやすい備前市を例に問題を整理すると、条例で行政サービスに差を設けることが「特に必要がある」か否かの法的基準は、給食費などにおいては教育基本法に則ったものでなければならない。にもかかわらず、マイナカード取得しないという意思によって扱いが異なることは、当該住民の信条で差別することにつながる。子どもの教育条件は同じにすることが行政の責任であって、一部有償の例外が教育の機会均等のために必要だという理由は、市の説明からは見当たらない。
給食の無償化の議論は教育制度の問題であって、マイナカード取得率向上と有償化が、どういう合理的関係にあるのかを説明できないのであれば、自治体が公金を支出して行う無償事業の対象者を恣意的に扱うことは、憲法の平等原則の観点から許されないことになろう。もちろん、有償か無償かを区別する場合はありうるにしても(例えば世帯所得)、カードの有無を使わなければならない理由にはならない。
そもそも自治体は国の出先機関ではないのであって、市が国の政策を忖度して本来あるべき住民行政を歪めることはあってはなるまい。もっとも住民に近い行政機関である地方自治体が、住民ではなく国を向いているほど不幸なことはない。しかしこうした自治体の態度を生んでいるのが政府であることも忘れてはならない。沖縄・辺野古新基地建設に見られるように、国が自治体の意向を全く聞くことなく、さらに財政的な締め付けという形で、住民の生活を人質にとる形で国の意向を押し付ける状況が続いているからだ。
そうした中で、自治体が憲法が定めるように独立した地位で、住民の期待に応えるためには国から距離を置き、政策を実行していくことが難しい状況に陥っている。自治体が国の政策の方針に沿って予算を勝ち取る競争に敏感になる結果として、住民が置き去りになる状況が、マイナカードを巡っても起きつつあるということだ。ここには自治体間の財政均衡と調整を理念とする、地方交付税制度の趣旨が曲げられているという、地方財政の根深い問題がある。
保険証で「意地悪」
こうした実質義務化の典型例は、すでに大きな議論を生んでいる「マイナ保険証」問題である。いまだ政府は「任意」であるという建前を崩していないが、医療現場においてもすでに診療費格差を設けており、それが4月からは、特例措置でさらに拡大していくことになる。カードを持たざる者は、高い医療費を払うことが制度化されしまったわけだ。さらに、マイナ保険証を希望しない場合は、各自で「資格確認証」の発行手続きをとることとされ、当初の有償案は撤回されたものの、移行させるための「意地悪」であることは明白だ。そもそも、デジタル化の基本方針は「誰一人置き去りにしない」ことと政府は繰り返しているが、その大原則からも真逆の状況が生まれることになる。
なお医療機関側からも、マイナ保険証への対応を医療機関に義務付けるには本来は健康保険法の改正が必要なのに、冒頭に挙げた省令の改正ですませた国の対応は、国会を唯一の立法機関とする憲法41条に反するとの違憲訴訟が提起されている(オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟、と称されるもの。医療活動の自由の侵害も争点)。
発表によると、2月時点で対応システム導入済みの医療機関は5割、マイナ保険証の保有率はマイナカード交付者の6割とされる。もし医療データの一括管理が患者メリットがあるというのであれば、まずはマイナポータルでカード不所持者にとっても、自己情報を誰が保有しどのように利用しているのか、医療ビッグデータの活用方法も含め、オンライン一元化のメリットが見える形での情報開示を行うことが先決だ。カードを持たないとマイナポータルにもアクセスさせないなど、初めに普及ありきの政府の姿勢自体が、憲法の平等原則に反するものではないか。思想信条による行政サービスの格差は、差別であって許されない。
(専修大学教授・言論法)
本連載の過去の記事は本紙ウェブサイトや『愚かな風』『見張塔からずっと』(いずれも田畑書店)で読めます。