<書評>『境域の近世』 弱小国琉球の外交努力


社会
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『境域の近世』上原兼善著 榕樹書林・2970円

 本書は、琉球国が薩摩藩の統治下にあった約270年間を視野に収め、琉球と薩摩の政治外交関係を通史として分析・叙述したものである。主に琉球から派遣された使者・使節に焦点を合わせ、その特質を多面的に検討している。多くの論点の中から数点を紹介したい。琉球から江戸幕府へ派遣された江戸御使者立ち(江戸立ち)はよく知られている。

 一つ目はその使節だけでなく、本書は琉球―薩摩間の使者に着目する。年頭の使者、島津氏の慶弔に関わる使者などさまざまであった。薩摩藩への服属儀礼として太子(中城王子)の上国も見られた。薩摩藩の主導や強要による使節が見られたことから、旧来、多様な琉球使者が全体として強制された使者イメージで捉えられてきた。それに対して、本書は琉球側が主体的に派遣した使者は、薩摩藩への要求を受け入れてもらうための「環境づくり」であったとする。そのあり方は弱小国琉球が軍事的に強大な上位権力(薩摩藩)と交渉するための外交努力ではなかったか、と視座の転換を図る視点を打ち出している。

 二つ目は1620年代から30年代にかけて、京都へ派遣された琉球の楽人の問題を再検討し、江戸立ちに限定されてきた琉球使節論を広げる論点を提示している。三つ目は、江戸立ちや冊封儀礼との関わりで、資金繰りに窮する琉球を薩摩藩が支えるという経済問題を取り上げ、援助と収奪の円環構造になっていたことを示唆する。その他、琉薩外交の窓口であり商品流通の拠点でもあった琉球館の役割とその消滅をたどり、薩摩藩による「植民地的経済統制」の終焉(しゅうえん)と近代初頭の寄留商人論へとつながる論点を提示し、本書を閉じる。

 見過ごされてきた史実の再検討や尚家文書から新事実を発掘することによって、新たな琉球・薩摩関係史像を構築した歴史書と評価される。本書全体の独創性を損なうほどではないが、本書の論点と直接関係する若干の先行研究が参照されていない点はやや残念である。なお難解な史料を現代語訳することで一般の読者にも理解しやすい叙述となっている。その点も本書の魅力のひとつである。

(豊見山和行・琉球沖縄歴史学会員)


 うえはら・けんぜん 1944年那覇市出身、岡山大名誉教授。著書に「近世琉球貿易史の研究」「島津氏の琉球侵略」など。