<書評>『詩集 汎汎(はんはん)』 次の世代に残したい思い


社会
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『詩集 汎汎(はんはん)』新垣汎子著 ボーダーインク・1650円

 前作の詩集『汎』で第41回山之口貘賞を受賞した筆者の、5年ぶりとなる第3詩集である。表紙の題字の石膏版画や、目次や本文中にある写真も筆者によるもの。多才さが光る。

 〈復帰して50年。/時代の流れの中で変わっていく風習や文化。/変わらなければならなかったもの。/変わることを選んでしまったこと。/世の中がどんなに変わっても、変わらない大切なもの。/私の命が終わるとき、次の世代に伝わっていて欲しい祈り。/それらを活字に残したい。〉こう、筆者はあとがきにて本書に込めた思いを記している。

 23篇の詩を収めた本書は2章に分かれている。第1章「風のときめき」では、孫を中心とした家族の風景を通して、沖縄の季節や民俗が表されている。第2章「時の形」では、自身の若い頃の体験を織り交ぜ、沖縄の歴史を伝えている。

 「島唄」は復帰直前に東京での大学受験をし、合格。入学後、復帰を迎える当時のエピソードがふんだんに盛り込まれている。〈キャンパスでは沖縄人も大和人も/気持ちが通じれば平等で友達になれた〉一方で、まだ残る〈【朝鮮人と沖縄人 入店お断り】/と書かれた張り紙〉。そんな中、沖縄料理店から流れる「芭蕉布」を聴いて涙する筆者。想像するだけで一緒に泣きたくなる。詩の隣には、復帰前と復帰後のパスポートの写真。

 「40余年振り」は、心に染みてくる。筆者が東京の大学に通っていた頃、連休にまわりの友人たちは帰省するが、沖縄に簡単に帰省できない筆者のために静岡の実家に呼んでくれた悦ちゃん。ご主人を亡くし、娘さんと沖縄旅行に来た悦ちゃんを、今度は恩返しに南部を案内し、自宅に招き沖縄料理をふるまうという内容。悦ちゃんとご家族の温かさ、そのことにずっと感謝の念を忘れない筆者。温かさが循環している。

 東京生活を経験したからこそ書けること、その後沖縄に戻り根を張って生きてきたからこそ書けること、どちらも重く尊く感じられる。

(トーマ・ヒロコ・詩人)


 あらかき・ひろこ 1953年沖縄県生まれ、日本現代詩人会会員。伊東静雄賞奨励賞、養老改元1300年記念賞、山之口貘賞など受賞。2008年、詩集「青タンソール」刊行。