『しまくとぅばの課外授業』 琉球語研究に新境地


社会
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『しまくとぅばの課外授業』石崎博志著 ボーダーインク・1600円+税

しまくとぅばの課外授業―琉球語の歴史を眺める

 「わじゃそーいびーん(工事中)」という看板を見てにやりとしたあなた、ハイサイ運動に共感するあなた、沖縄の難読地名を不思議に思っているあなた、そういうあなたにとって、この本はとてつもなく面白い。一つのテーマが2ページから3ページ、新聞のコラムていどの分量で、60のテーマが並ぶ。

 著者は、中国語の歴史(念のため述べるが、中国の歴史ではなく、中国の言語の歴史である)の研究者である。琉球王国時代に学ばれていた官話(当時の中国語の標準語)や琉球語を記した中国資料に興味を持っていたが、やがて琉球語そのものに関心を持つようになったという。
 著者は、語学オタクを自認する。学んだことのある言語は実に十数カ国語という。語史研究の基盤に加え、著者の多言語能力が、琉球語研究の新段階を作ったことは想像に難くない。というのは、琉球語について書かれた文献は、もっとも古いのが、朝鮮語の「海東諸国記」で、1500年ごろの琉球語の発音が分かるという。さらに21世紀になって発見されたフランス語資料には1930年の本島各地の言語が記録されているそうだ。(ちなみに首里、那覇以外の言語ではこれが最古という)。ベッテルハイムは、英琉辞書を残している。
 これらの言語に通じている著者の能力が、琉球語の歴史の一端を切り開いている。例を示そう。保栄茂(びん)は、16世紀にはポエモと読んでいたのが、17世紀ボエモ、18世紀ビィーム、18世紀末ビーンと変化し、現在のビンとなったという。単にごろ合わせではなく、文献から発音がわかるというから言語学はすごい。
 著者は自ら余所(よそ)者というが、琉球古典音楽を趣味としており、沖縄の文化に対する愛着は深い。著者は言う、多様な琉球語をどう残すかは、文字化が重要だと。そして、現代は、それがかつてないほど豊富な時代だそうで、少し心強くなる。なるほど各地で方言辞典が編さんされている。「わじゃそーいーびーん」もその一つなのか。(仲地博・沖縄大学長)
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 いしざき・ひろし 1970年、石川県金沢市生まれ。東京都立大学博士課程中退。中国の復旦大学に国費留学、国立高等研究院客員研究員。博士(関西大学)。現在、琉球大学准教授。専門は中国語史・琉球語史。