<書評>『ヌチガフウホテル』 哀切なミステリー小説


社会
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『ヌチガフウホテル』大城貞俊著 インパクト出版会・2200円

 本書は、作者大城貞俊の数多い作品の中でも、一味も二味も違う哀切なミステリー小説である。日当たりのいい、トリックの謎解きが主体の物語ではなく、殺人事件の犯行動機に力点をおいた社会派推理小説と言える。

 沖縄中部のとあるラブホテル、その名も沖縄方言でヌチ(命)がスディル(孵化(ふか)する)という意味のヌチガフウホテルがその舞台。そこで働く6人の女性たちが主人公。ある日、ホテル裏の畑で1人の腐乱した男性の遺体が発見され、身元の特定が急がれる中、2人の刑事がホテルを訪ねて来る。彼女たちへの事情聴取が始まり、事件との関与を取り沙汰される。そこで語られる何気ない告白や会話から、一人ひとりの事情が次々に明らかになっていく。

 戦死した父の友人の縁でホテルに働く君枝さん。2人の夫に先立たれ、自殺を図ったことのある光ちゃん。借金に追われ夫も失踪、ゆすりたかりの常習犯の千絵子さん。知的障害があり、のぞき癖のある珠代さん。元米軍基地従業員で、夫の不倫相手と傷害事件を起こしたよし子さん。元夫のドメスティックバイオレンス(DV)から逃れ、次期ホテルオーナーの愛人でもある美由紀さん。妖艶に咲き誇るラブホテルの影裏から見える彼女たちの人生模様は、まさに刹那的ではけ口のない悲運そのもの。物語は「殺人」という人間にとって最も残酷な行為を拘泥するだけでなく、犯行に至る動機の深層をあぶりだしながら展開していく。遺体の身元が判明。殺害される前夜の不審な行動、目撃証言などから犯人との接点が狭まってくる。そして、不安と疑惑が渦巻く中、殺人事件の全貌が次第に明らかになっていく。

 私たち読者は、作者の巧妙な駆け引きにつき合わされ、布石を駆使した精微な構成、展開の面白さについつい引き込まれる。その結果、アッと驚く結末の意外性もさることながら、殺人事件に絡む押し拉(ひし)がれた現実に、推理小説の醍醐味(だいごみ)を味わうことになる。作者のこれまで培われた小説への熱量を改めて感じさせてくれる作品である。

 (国梓としひで・作家/南涛文学会主宰)


 おおしろ・さだとし 1949年大宜味村生まれ。元琉球大教授。詩人、作家。高校教師を経て2009年琉大に採用される。主な著書に小説「椎の川」「一九四五年 チムグリサ沖縄」「父の庭」など。