顔に付けた瞬間、思わず踊り出しそうに…。そんな1枚だ。
沖縄の古典芸能を上演する国立劇場おきなわ。その館内のショップで「組踊フェイスパック」なるものに出会った。重要無形文化財にも指定されている沖縄の伝統芸能「組踊」。その化粧をモチーフにしたパックだ。制作したのは組踊の舞台にも出演する若手実演家。なぜ実演家が商品化まで?どうしてフェイスパックに?そこには熱い思いと狙いがあった。(田吹遥子)
フェイスパックには、組踊「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」に登場する宿の女と、組踊「二童敵討(にどうてきうち)」に登場する勝連の按司・あまおへ(阿麻和利)を再現したメイクが施されている。
中身を広げてみると…
さっそく、記者は「宿の女」を使用してみた。
まるで組踊の演者のメイクをしたようになる。そして、化粧成分が肌にしっとりと浸透するような感じがする。月桃など天然由来の香りも漂う。
パックを開発したのは、組踊研修修了生で若手実演家の高井賢太郎さん(28)。5月には組踊「孝行の巻」で、孝行きょうだいのおめけり(弟)役を好演するなど、さまざまな舞台で活躍する舞踊家だ。
フェイスパックのデザインは琉球イラストレーターのサイトウカナエさんが担当し、人気実演家の佐辺良和さんが監修した。古典芸能では役者が自身でメイクをするが、眉やヒゲのはね具合やほお紅の薄い桃色も全て、佐辺さんが実際のメイクを元に監修した。
成分にもこだわった。
実演家として舞台メイクが日常の高井さんだが、アトピー性皮膚炎による肌荒れもあった。そんな高井さんが先輩の舞踊家に勧められ「びんつけ油」を化粧下地として使ってみると肌に変化を感じた。「これまで肌が乾燥しやすかったりにきびができたりと、荒れることが多かったんですが、この下地を使ってから調子がよくなったんです」。
びんつけ油は力士がまげを結う時にも使われる。ハゼノキという植物由来の「モクロウ」が原料だ。
高井さんが気になってさらに調べるとハゼノキは、かつて中国から琉球に伝わり、さらに琉球からろうそくのろうをとる原料として日本に伝わったことが分かった。現在も沖縄では本島北部に自生している。
「昔の(琉球の)人も使っていたのかもしれないと。このストーリーに心をつかまれて、ぜひ化粧品にしたいと思いました」(高井さん)
高井さんの化粧品開発に向けた挑戦は2022年4月から始まった。
まず化粧品検定に合格するため、成分とその効果について猛勉強した。その結果、モクロウにはパルミチン酸という抗酸化作用や皮脂抑制効果が期待できる成分が多く含まれていることが分かった。スキンケアにも活用できると考えた高井さんは、同年10月に化粧品開発に特化した会社を起業、本腰を入れ始めた。
「“沖縄コスメ”だから沖縄産にしたくて」。今回のパックに使うモクロウは県外産のハゼから抽出したものだが、シークヮーサーや月桃など沖縄産の素材も使い、生産は久米島町のポイントピュールに依頼した。
「誰でも手軽に触れられる形にしたい」と考えてフェイスパックとして開発。ことし6月に販売をスタートした。
それにしてもなぜ、高井さんは化粧品開発にここまで心血を注ぐのか。
高井さんは「自分はあくまでも実演家。化粧品開発は実演家としての活動の一つなんです」と語る。