『魂魄風』 時空超える叫びとの交感


社会
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『魂魄風』網谷厚子著 思潮社・2300円+税

 この詩集は、第35回山之口貘賞受賞の『瑠璃行』から4年目の著作となる。全編を通底するのは遥(はる)かな時空を超えて彷徨(さまよ)う魂魄(まぶい)たちとの交感である。それらの背景には、著者の万葉研究家としての視点、そして小笠原での教職を経て沖縄辺野古に移住したという生き方から産み出されたと思われる視点の深さとスケールの大きさがある。

 冒頭の詩編『魂魄風(まぶいかじ)』に、この詩集のモチーフがパノラマ劇のように展開される。「幾百の獣の遠吠えのような…激しく押し寄せるもの…」は、「甲冑をまとった肉体」であり「敦煌の彼方まで行って 写してきたもの」、さらに「鉛色の巨大な船体で火玉となって微細に砕けた 若者の意志の欠片」や「異国の黒い機体」など「癒されることのない魂魄が/日本列島を桜前線のように 駆け上っていく」と、この島を往還する魂魄の叫びが感受される。
 さらに「洞(がま)」と題する詩で、「生きていること 死んでいること その間を 幾度となく行き来しながら/人は重たいものを抱えていても 眠りはその傷みを溶かす」と南島の濃密な闇をあぶりだす。そして、この島の過酷な現実に共振する詩人は、「君の薄い胸郭を 悲しみが かなしみが かなしみが打ち叩く」(白い 翼)と、その悲しみにひしと寄り添う。と言って、いたずらに感傷に浸ることなく、時代の闇に深く立ち入ろうとする。
 「暗闇はさらに黒く 地球の裂け目へと続いている」「地上の楼閣は 共振性振動で激しく揺れる」(ほたる火)。「国の狂気のリーダーが 振る旗のように/ボイラーの火が轟音をたてて燃えさかる」(夢の続き)。「八十億年先は 誰も住まない この地球で夥しい血が今日も流れ 異国の双翼機が バタバタと爆音をならして飛び回る」(海 輝く)。このように書きつめる言葉はなんとも触発的で魅力的である。前詩集『瑠璃行』の終行で「ここまでやってきた これから どこへ」と自らに問いかけた詩人は、その独自の体験と長い模索の果てに着地した島・沖縄でその詩想を見事に結実させたかに見える。(佐々木薫・詩人)
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 あみたに・あつこ 1954年、富山県生まれ。「万河・Banga」主宰。「白亜紀」同人。『万里』第12回日本詩人クラブ新人賞。2011年の「瑠璃行」で第35回山之口貘賞。

魂魄風(まぶいかじ)
魂魄風(まぶいかじ)

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網谷 厚子
思潮社