『人生にかしがある』 診察室から時代を見る


社会
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『人生にかしがある』喜久村徳清著 ボーダーインク・1600円+税

 ベッドは米軍払い下げのスプリングの効いた金属製。心臓マッサージをするとベッドが揺れたので洗濯板を患者の背にしいたという。著者が復帰前の1970年ごろ、中部病院で臨床研修していたときのことだ。現場の医師でないと分からない話だ。

 著者はキャンプ桑江の軍病院で研修、病んだ米兵たちを見た。性感染症の患者、ヘロイン注射の回し打ちによる肝炎患者、それに若いぜんそくのベトナム帰還兵は今でいうPTSD(心的外傷後ストレス障害)か。
 ある病院の当直時に、ヘリで離島から移送されてきた少女を救えなかった話は、そこまでほっておかれた患者の生活を垣間見たようでショックを受けたという。
 死は戦場だけにあるのではない、病院関係者は日々の仕事で「死」に接しているのだ。
 この本には、著者が沖縄県医師会報、那覇医師会報や新聞などに寄稿したエッセーなどを収録している。
 サブタイトルに「旅ゆけば…ドクター、折々の思索」とあるように、専門の医療や医師会の活動のことだけでなく、歴史、宇宙、ライフスタイル、映画、美術、国内、外国旅行などで感じたことをつづっている。
 映画「黄泉(よみ)がえり」の考察のように、著者の関心は、現世を超えたところにもあるようだ。「気」、スピリチュアルなものは、見えないが、医療にも、人生にも大切だと力説する。気が著者を東日本大震災の被災地に向かわせ、イタリアにも行くことができたという。
 開業医にとって旅行する時間をつくるのは難しいと思うが、著者はうまくやりくりして出掛けているようだ。那覇のすーじぐゎーを散歩するように、ローマ、フィレンツェなど世界を旅している。
 本の中の注記、寸評は著者の遊び心が感じられ、秀逸である。
 著者は戦争で破壊され、荒廃した沖縄で幼少期を過ごし、ベトナム反戦運動や学生運動の盛んな時代に本土で学んだ。県立中部病院や琉球大学医学部付属病院、泉崎病院などに勤めた。いま幼少期を過ごした場所に戻り、開業している。やはり時代の影響が行間に表れている。(高嶺朝一・元新聞記者)
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 きくむら・とくせい 1944年、台湾新竹市生まれ。那覇市出身。三原内科クリニック院長。医学博士、県医師会監事。

人生にかしがある―旅ゆけば…ドクター、折々の思索
喜久村徳清
ボーダーインク
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