足跡と絆、DVDに 終戦直後の「真和志ハイスクール」


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 米軍占領下の1946年、摩文仁村米須一帯(現糸満市)に移動させられた真和志村(現那覇市)の住民が通学した真和志ハイスクール(糸満高校真和志分校)の歴史などを紹介するDVD「真和志ハイスクールのあゆみ」がこのほど完成した。同窓生と遺族ら約20人が7日、鑑賞会を那覇市の琉球サンロイヤルホテルで開いた。同窓生らは「短期間でも濃密な時を過ごし、現在まで続く絆が育まれた。ハイスクールの足跡が平和の道しるべになってほしい」と振り返った。

 沖縄戦終結後、各収容所に分散した真和志村民は46年1月までに米須一帯への移動を命じられた。移動する住民は日々増え、2月末には少なくとも8千人以上集まっていたとみられる。
 46年1月、糸満地区に糸満高校が開校すると、真和志村の学生も通うことになった。ただ、米須からの通学路は約8キロと遠距離で、当時は米兵による女性暴行事件も起きるなど治安面の問題もあった。そのため、住民の要望で真和志分校が米須に設置された。同窓生らによると、2月25日に開校し、のちに分校は豊見城村(当時)嘉数に移動した。9月初旬までには首里高校と合併した。
 制作されたDVDは分校の沿革に加え、真和志村民による遺骨収集や、分校長だった故・翁長助静氏の詩を刻んだ歌碑の再建事業も収録している。DVDは非売品で30枚余を制作した。
 制作の中心になった翁長安子さん(86)と山里敏子さん(86)は「歌碑再建をきっかけに同窓生が再び集まり始め、一連の取り組みの締めくくりが今回のDVD制作だ。貧しい中で助け合った真和志ハイスクールの絆を形として残すことができて良かった」と振り返った。

DVD「真和志ハイスクールのあゆみ」を鑑賞する同窓生ら=7日、那覇市東町の琉球サンロイヤルホテル
DVD「真和志ハイスクールのあゆみ」