初となる台湾総統選を控えた1996年3月。台湾独立派の象徴だった李登輝氏の優勢が伝えられると、中国は台湾近海にミサイルを発射し、台湾海峡対岸で大規模な軍事演習を実施するなど威嚇行動を始めた。これに対し、ペリー米国防長官(当時)は3月9日、横須賀を母港とする空母インディペンデンスを台湾近海に派遣し、さらに同11日にはペルシャ湾から原子力空母ニミッツを増派、周辺に空母打撃群を展開し、中国側をけん制し、一気に緊張が高まった。
中国側の台湾近海へのミサイル発射は台湾に対する圧力であると同時に、米艦船が台湾海峡に侵入した場合、それを撃沈して排除するというメッセージでもあったとみられる。対する米軍は空母打撃群の展開で中国に「譲らない」メッセージを送り返したが、米空母は中国軍がミサイルを発射していた海域とは距離を置き続けた。
この際、米軍は併せて潜水艦なども派遣した。米中危機の様相も呈したこの展開は世界中のメディアで報道されたが、「即応部隊」であるはずの在沖米海兵隊を載せた強襲揚陸艦の姿は台湾近海になかった。米軍は海軍と空軍による対応を主軸としていた。
米海兵隊の駐留場所をめぐり、朝鮮半島有事に対応する場合は沖縄よりもむしろ九州が近いと主張されるのに対し、反論としてしばしば持ち出されるのは台湾海峡への距離だ。政府も日本の近くにある「潜在的紛争地」について、朝鮮半島と台湾海峡を挙げてきた。
米軍普天間飛行場の移設問題に関する県とのやりとりなどでも国は沖縄と台湾の近さを引き合いに「緊急事態で1日、数時間の遅延は軍事作戦上致命的な遅延になり得る。県外駐留の場合、距離的近接性を生かした迅速対応ができず、対処が遅れる」と主張してきた。だが専門家の間からは、台湾海峡有事の際に地上部隊である米海兵隊が真っ先に果たす役割は、ほとんどないと指摘されてきた。
過去に米国防総省系シンクタンク「アジア太平洋安全保障研究センター」准教授などを務め、日米関係と安全保障に詳しいジェフリー・ホーナン氏は「台湾危機はまず海空軍の戦い。いざ戦うことになれば、それは第7艦隊(拠点・横須賀)と第5空軍(司令部・横田)だ。台湾有事と朝鮮半島有事で海兵隊がどのような役割を果たすのか疑問だ」と指摘する。
では中国軍が台湾本土に侵攻し、地上戦が繰り広げられる事態はあるのか。
軍事評論家の田岡俊次氏は、昨年11月に台湾総統府が行った世論調査で「現状維持」を望む人は88・5%で、「独立」を望むのは4・6%にすぎず、蔡英文次期総統も現状維持を公約していると指摘。「そもそも中国が台湾に侵攻する事態はまず起こらない」と否定的な見方を示す。
それでも仮に中国が台湾に侵攻する場合はどうか。田岡氏によると、現在の中国軍の輸送能力で渡海できるのは最大2個師団(2万~3万人)程度。一方、台湾陸軍は20万人、さらに戦車千両余の兵力を擁する。比較して、在沖米海兵隊の戦闘部隊である第31海兵遠征部隊は同じ地上部隊だが、兵力は台湾陸軍のおよそ100分の1、約2千人だ。
田岡氏は「中国軍が台湾陸軍を地上戦で制圧するのは不可能だ。米軍が関与するとしても、台湾近海に航空母艦を派遣する程度で、海兵隊の出番はない」と指摘する。(島袋良太)