永遠に忘れぬ悲しみ 集団死犠牲に祈り 渡嘉敷慰霊祭


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 金城 潤
白玉之塔に手を合わせ、平和を祈る参列者ら=28日午後2時ごろ、渡嘉敷村の同塔

 【渡嘉敷】沖縄戦当時、渡嘉敷村で「集団自決」(強制集団死)が発生してから71年がたった28日、同村の白玉之塔で村慰霊祭が開かれた。参列した沖縄戦体験者や遺族ら約100人は同塔に手を合わせ、平和を祈った。

 1945年3月27日、米軍が渡嘉敷島に上陸。日本軍の召集で、住民らは島北部の北山(にしやま)に避難した。行き場をなくした住民らは28日、手りゅう弾などで自死を図った。松本好勝村長は「多くの尊い命を悲惨な形で失ったことは、永遠に忘れることのできない深い悲しみだ」と式辞を述べた。
 村立渡嘉敷小中学校の児童生徒らは、平和のために人々の絆が結ばれるようにと「結」の字をかたどった千羽鶴を塔に手向けた。玉城風香さん(14)=同中2年=は「体験者から話を聞き、次の世代に伝えていきたい」と語った。