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先住民族の権利 領域で軍事活動禁じる 辺野古中止の根拠なりうる 阿部藹<託されたバトン 再考・沖縄の自己決定権>10


先住民族の権利 領域で軍事活動禁じる 辺野古中止の根拠なりうる 阿部藹<託されたバトン 再考・沖縄の自己決定権>10 新基地建設が計画されている名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部=2022年、航空機より撮影
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 前回は、内的自己決定権の享有主体であると考えられている「先住民族」について議論し、琉球・沖縄の人々も先住民族としての自認があれば、国連先住民族の権利宣言に定められている自己決定権を含むさまざまな権利をより強く主張することができることを確認した。そしてその可能性について考え、議論し、選択をすることも琉球・沖縄の人々が持つ権利であるということを述べた。

 しかし先日、現在の日本が“先住民族の権利に関する議論を行うこと”すらも危ぶまれる異常な状況にあるということを痛感する出来事があった。

 今年9月、札幌法務局は杉田水脈衆議院議員が7年前に国連の会議に参加したアイヌ民族の女性に対し「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場」「日本国の恥晒(さら)し」などと自身のブログなどに投稿したことについて、人権侵害にあたると認定した。

 これらの差別発言に苦しんできたアイヌ民族の女性が苦労をして法務局に訴え、人権侵害が認められたことでようやく事態が改善するかと期待されていた。だが杉田氏は反省し謝罪をするどころか、政務官を辞したのは謝りたくなかったからだと述べ、さらに政府のアイヌ文化関連事業について「公金チューチュー」という言葉を用いるなどとさらなる誹謗(ひぼう)中傷を続けている。(なお政府はこの文化関連事業について「事業は適正に執行され、不正経理はない」と杉田氏の主張を否定している。)

 アイヌ民族は、2019年に成立したアイヌ新法で正式に政府によって先住民族と認められており、日本政府はこの法律で「アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができ、その誇りが尊重される社会の実現を図る」ことを目指している。

 筆者も、杉田氏によるヘイトスピーチについての謝罪などを求めて法務省に働きかける活動に携わってきた。今回の出来事には憤りを禁じ得ないが、政府に認められた先住民族ですら、国会議員から差別発言を浴び、それに乗じたヘイトスピーチに苦しめられ、当局が人権侵害と認定してもさらなる誹謗中傷が続けられる。―それが今の日本の現状であることも思い知らされた。

 異なる民族としての権利を主張すると攻撃が行われるという日本の状況の中で、政府が頑(かたく)なに先住民族性を否定している琉球・沖縄の人々が、先住民族としての権利の可能性について広範な議論をすることがいかに困難なことかは想像に難くない。このような困難な状況の責任は、差別やヘイトスピーチを止められていないマジョリティーにあり、マジョリティーの1人として筆者も責任と力不足を痛感しているところである。だからこそ、本連載でも「先住民族」とはどのような人々か、そしてどのような権利を有しているのかについて偏見なく議論できる裾野を少しでも広げることに努めていく。

 前回記したことの繰り返しになるが、国際人権法において「先住民族=Indigenous Peoples」は、原始的な生活を保持しているとか経済や社会の発展の度合いなどから定義される言葉ではない。英語の「Indigenous」は「先住の」という意味であり、「Indigenous Peoples」とは近代国家成立の過程で土地を追われたり、植民地支配などを通じて土地や生活の手段、言語などが奪われたりした人々のことである。

 この概念は、「ウチナーンチュ」と大きく重なるものだと筆者は考える。

 そして、これらの人々が国を超えて連帯し、主権を持つ国家を相手に自分たちの集団としての生存のために必要な様々(さまざま)な権利を確立してきたのだ。その長い闘いの果実が国連の「先住民族の権利宣言」であり、ここに先住民族が有する様々な権利が明示されることになった。

 「先住民族の権利宣言」に書かれた権利のいくつかは、米軍基地の負担に苦しむ沖縄にとって特に大きな意義を持ちうるものである。日本政府はそれを警戒して琉球・沖縄の人々を先住民族と認めることを頑(かたく)なに拒否しているのではないかと疑いたくなるほどである。

 例えば、先住民族の権利宣言第30条では、先住民族の土地や領域での軍事活動の禁止を定めている。公共の利益によって正当化されるか、先住民族による合意や要請がある場合を除いて、その土地での軍事活動は行えないとされ、もし軍事活動で利用する際には先住民族との協議を行わなければならないと定めている。

 さらに32条では、国が先住民族の土地や領域、資源に影響を及ぼす事業を行う際は、それに先立(さきだ)って充分な情報が公開され、自由な意思に基づいた形での先住民族の合意を得るために誠実に協議することを課している。この「充分な情報と自由な意思に基づいた事前の合意」はFPIC原則とも呼ばれ、先住民族の権利宣言の根幹をなす原則である。

 琉球・沖縄の人々が先住民族であるならば、日本政府が国の事業として名護市辺野古の大浦湾を埋め立て米軍の基地を建設するためには、先住民族の権利宣言30条および32条に基づき、琉球・沖縄の人々の自由な意思に基づく合意が必要である。2019年2月に行われた県民投票で72%が埋め立て反対であったことから考えると、この事業に沖縄の人々の「事前の合意」があったとは言えず、工事の中止を求める強い根拠となりうる。

 現在の日本において先住民族に関して意見を交わすこと、ましてや先住民族として権利を主張することに大きな困難が伴うことは、先般の沖縄県議会での状況にも反映されている。しかし、これらの権利が持つ意義を生かすためには、困難な中においても議論を継続することが大切だと考える。

(琉球大学客員研究員)
(第4金曜掲載)