『英人バジル・ホールと大琉球』 欧文琉球学への誘い


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『英人バジル・ホールと大琉球』山口栄鉄著 不二出版・2052円

 研究分野というものは、どれも目が眩(くら)むほど果てしないものであるが、それでも「鉱脈」は確かに存在する。そして、山口氏が常々提唱してこられた「欧文琉球学」における鉱脈の一つが、バジル・ホール艦長とその友人H・J・クリフォードをめぐる系譜であろう。本書を読むと、近現代史に散在するグローバルな無数の点を、大胆な歴史の線で結んでみたくなる。多分それが「英人バジル・ホールと大琉球」の最高の楽しみ方だろう。

 周知の通り、琉球人との温かな交流を描いたホールの「朝鮮・琉球航海記」(初出1818)はオランダ語やフランス語、ドイツ語、イタリア語の翻訳を通して広く親しまれた。「エジンバラ・レビュー」や「北米レビュー」など英米書評誌でも大きく取り上げられ、国学院大学の山下重一名誉教授によって数多くの書評翻訳が紹介されている。

 ホール本の中でも、第3版に掲載されたセントヘレナ島でのナポレオンとの会見を描いたエッセーは、初めから人々を引きつけてやまなかったようだ。武器のない邦(くに)・琉球の話にナポレオンが目を丸くしたという、この有名なエピソードの翻訳を手がけた著名人の中には、オックスフォード大学で学んだ神山政良や沖縄学の父・伊波普猷、オモロ研究者の仲原善忠がいるという。伊波の翻訳については、「改造」1932年新年号から転載されており、実に有り難い。

 なんといっても耳寄りなのは、「クリフォード文書」についての情報である。この膨大な史料群は、マイクロフィルム8本分に上り、クリフォードの家譜や琉球伝道会の活動記録、時代のキーパーソンらによる手稿や書簡等を集めているらしい。「ベッテルハイム夫人による琉球宣教に関する手記」や「モレトンによる滞琉日誌稿本」など、貴重な史料も数多く含まれているようだ。

 「英人バジル・ホールと大琉球」は、提唱者ご本人による欧文琉球学への誘(いざな)いであり、課題提起であり、そして我らが麗しきの琉球への羅針盤でもあると思う。
 (浜川仁・沖縄キリスト教学院大学教授)

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 やまぐち・えいてつ 1938年那覇市生まれ。「欧文日本学・琉球学」の新分野を提唱し研究中。プリンストン、スタンフォード、エール大学を経て県立看護大学英語科教授を務めた。

英人バジル・ホールと大琉球―来琉二百周年を記念して
山口 栄鉄
不二出版
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