『沖縄への短い帰還』 味クーターなラブレター


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『沖縄への短い帰還』池澤夏樹著 ボーダーインク・2592円

 休暇を全て沖縄旅行に充てたとしても、滞在できるのは年間100日に満たない。だから、出勤日でも会社の玄関を一歩出た途端に頭のチャンネルを沖縄に切り替える。バッグには那覇から2日遅れで届いた地元の二大紙と県産雑誌。都内の島唄酒場で喉を鳴らして帰宅すると、書棚からはみ出して山積みになった沖縄本が待っている。そんな生活を送ってきた私のような沖縄フリークの胸奥にクヮーン、クヮーンと共鳴音を響かせ、時には強く内省を求める「うちあたい」の一冊に出合った。

 「一つの土地にこんなに夢中になっていいのか」の書き出しで始まる本書は、旅する作家が10年間暮らした沖縄をめぐるエッセーや書評、ボーダーインク編集者・新城和博氏との対話集などをまとめたものだ。全編を貫くのは沖縄への深い愛着。好きになった土地は恋人に似てくる。歌や芝居、料理、耳にする言葉、その背後にある歴史、民俗や自然に入れあげた池澤さんが寄せたラブレターの束である。「ぼくは押し寄せる沖縄文化の大きな波の先端に乗ってサーフィンをしていた。沖縄の方へとぼくを後ろから押していたのは日本への落胆…」。1993年に沖縄を9回訪れた池澤さんは那覇市と南城市で2人の子を育てながら暮らし始める。身分は、半分が帰りそびれた観光客、残り半分は勝手に特派員。境界線をまたぐことで見えた東京中心の日本のありように異を唱える一方、ウチナーへのまなざしは切なくなるほど誠実だ。

 「百年いてもウチナーンチュになれるはずもありません…オキナワン・スピリット、ウチナーンチュの複雑に屈折したようにも見える心の振る舞いはぼくにはよくわからない…最後まで島ナイチャーでした」。片思いほとばしる玉稿には基地の影がつきまとう。政治を忘れられないのが沖縄の不幸。恋する島を「嫌なものを押し付けておくのに便利な二等国土」と見なす勢力に怒りの拳まで振り上げる、味クーターなラブレター集は、ウチナーとヤマトの関係を考えるための指南書でもある。
 (梅崎晴光・スポーツニッポン新聞社専門委員)

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 いけざわ・なつき 1945年、北海道帯広市生まれ。87年に「スティル・ライフ」で芥川賞受賞。94年から沖縄に10年間住み、04年からフランスに滞在、現在は札幌市在住。

沖縄への短い帰還
沖縄への短い帰還

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