『沖縄の投稿者たち 沖縄近代文学資料発掘』 黎明期の表現、貴重な示唆


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『沖縄の投稿者たち 沖縄近代文学資料発掘』仲程昌徳著 ボーダーインク・2160円

 1900年前後に投稿雑誌が次々と刊行された。河井酔茗らの『文庫』、田山花袋らの『文章世界』はその典型であった。与謝野鉄幹らの新詩社機関誌『明星』、若山牧水の『創作』、『明星』の後継誌『スバル』、高浜虚子の『ホトトギス』などの文芸誌も投稿欄を設けた。

 これらの投稿雑誌や文芸誌に沖縄からの多数の投稿が載った。本書には、末吉安持、山崎正忠、摩文仁朝信、上間正雄ら数十人が投稿した千百編を超える短歌、詩、俳句が収められている。これらは、近代沖縄文芸の黎明(れいめい)期に、本土の雑誌に自己表現の場を求めた精神の軌跡である。『明星』掲載の末吉安持の「この日」は「君うつくしく幸ありと、/おもへば魂はくづるヽに、/なまじひ罪は負ひつヽも、/君は死にきと眼を閉ぢて、/痩せたる胸を撫づるなり(略)」と、『明星』の文体に倣いながら胸の高ぶりを表現する。『創作』の上間正雄「しみじみと涙ぐまるヽ夕ぐれの海辺の墓の黄なる草花」には『明星』とは違う叙情が詠(うた)われ、『スバル』の山崎正忠「やはらかに石敢當のむくつけき鬼のおもてをぬらすさみだれ」、摩文仁朝信「古町の長き石垣薄黒く聳えし上に青みたる月」には耽美(たんび)的な表現が見られる。

 著者の調査方法は独創的である。沖縄戦で焼き尽くされた雑誌に代わり、本土の雑誌に沖縄から投稿したものを見るのである。この手法は「沖縄の投稿者-明治・大正期雑誌投稿者一覧」(1985年公刊)以来一貫している。韻文だけでなく戦前・戦後の小説も発表してきた。著者は本書を「研究ノート」とし、本来はこれを用いた研究が公表されるべきだと述べている。しかし公刊したのは、後進の研究者に同じような資料集めによる時間の浪費をさせたくないという老婆心とともに、写しとった資料の「原典にあたってほしい」という願いからである。

 現在、創作を志す人々が近代沖縄文芸の黎明期の表現に学ぶ意義は大きい。生を映し出す方法を求めて格闘した先人の歩みには、沖縄の今を見つめるための貴重な示唆があるからだ。(武藤清吾・琉球大学教授)

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 なかほど・まさのり 1943年、南洋テニアン島生まれ。琉球大学文理学部卒、法政大学大学院修士課程修了。元琉球大教授。

沖縄の投稿者たち―沖縄近代文学資料発掘
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