『死者の土地における文学』 大城貞俊研究のスタート


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『死者の土地における文学』鈴木智之著 めるくまーる・1944円

 『死者の土地における文学-大城貞俊と沖縄の記憶』は、大城貞俊という文学者の「表現の軌跡を、その作品に即してたどり直す」書である。著者である鈴木智之は文化社会学を専門とし、これまでも「沖縄の文学」を対象とした論を多く執筆してきた。その際の鈴木の姿勢は、戦後沖縄における「文学」をめぐる「場」を見るというもの、といえる。

 本書は2部構成で、第1部は初期詩篇や『椎の川』、そして山之口貘賞を受賞した『或は取るに足りない小さな物語』を対象に、「詩」と「小説」という二つの表現形式を揺れ動く作家大城貞俊の歩みを丁寧に読み取ってゆく。第2部では、「小説」という表現形式を選んだ大城の今日までに迫ってゆく。章題にあげられた作品(集)は『記憶から記憶へ』『G米軍野戦病院跡辺り』『島影』『樹響』の四つであるが、大城の他作品にも目を配り、その歩みに沿って読み解いてゆく。

 そこで鈴木が大城の小説に見い出すのは、「戦争の記憶を色濃く宿す沖縄」で「死を肯(うべな)うことを通じて生を慈しむ」ことの意味を問うという特徴である。そしてそれが「集合的な『沖縄戦』の経験に回収されない」とも鈴木は述べる。公共化される記憶の存在を知りながらその上で「それぞれの私的な物語」を描く意図が、大城の小説にはあるという。「定型的期待」に反し、秘められた個の物語を紡ぐ大城の小説は、いわゆる「沖縄の文学」のイメージから離れたものといえる。

 しかし何といっても本書の最大の特徴は、大城と彼がいる「場」の存在を明示してくれたことである。大城は、今年6月に自身の「生まれ島」大宜味村大兼久の戦争犠牲者たちの記録を「聞き書き」という手法でまとめる(『奪われた物語』・沖縄タイムス社)など、現在進行形の作家である。論じるのは時期尚早であるという声もあろう。だが、鈴木がその作品群に見い出した従来の「沖縄の文学」のイメージからはみ出るような特徴は、これからさらに論じられるべき問題である。本書は大城貞俊研究のスタートを告げる書なのである。
 (小嶋洋輔・名桜大学上級准教授)

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 すずき・ともゆき 1962年、東京生まれ。法政大学社会学部教授。著者に「村上春樹と物語の条件」「戦後・小説・沖縄」など。

死者の土地における文学-大城貞俊と沖縄の記憶
鈴木智之
めるくまーる
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