『秋(とき)のしずく 敗戦70年といま』 圧倒的密度で迫る記憶集


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『秋のしずく 敗戦70年といま』高知新聞社編集局企画・編集 高知新聞社・1458円

 圧倒的な密度の「個々の記憶」がこの本には収められている。敗戦70年を翌年に控えた2014年初旬から高知新聞で始まった連載「秋(とき)のしずく」はアジア太平洋戦争の記憶が丹念につづられている。連載を収録した同名の書籍が刊行された。

 従軍看護婦が見た、兵隊に十分に手当することができない野戦病院。米本国に向けて放つ風船爆弾という兵器づくりにいつの間にか携わっていた女学生。視覚障がい者をも徴兵する戦争末期。その場にいた者にしか分からない光景やにおい、時間の濃さが淡々と、しかし、読む者の脳裏に焼き付くように記されている。

 唯一、住民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた沖縄では、戦争の「被害」の側面が語られることが多い。同書は当時日本兵だった戦争体験者にも数多く取材し、その「加害」の記憶も記している。

 当時の国際条約で使用が禁じられていた毒ガス兵器の製造に関わった女性。中国本土で敗走する中国兵を殺した男性。沖縄に身近な話では、米艦載機の搭乗員だった米兵3人を尋問し、殺した「石垣島事件」に関わった男性の手記も紹介されている。

 記者が体験者の元に何度も足を運ぶ中で、体験者の親しい友人が亡くなっていく。末期がんを患う84歳の男性の娘から「父の戦争体験を聞いてください」「来週になると話せるかどうか」と依頼される場面も描かれている。連載時は集団的自衛権の行使を容認する法改正が国会で議論されているさなか。体験者は「いつか来た道」に危機感を覚え、時間を惜しむように自らの記憶を語っている。

 取材したのは高知新聞の20、30代の若手記者で、デスクワークは50代半ばのベテランだ。取材を受けたのは70~100歳の体験者らが中心。体験者からすれば、戦の記憶を紡ぐ仕事は既に孫の世代が担う時代となっている。連載開始時、多くの反響と共に「遅い」という叱咤(しった)も寄せられたという。濃密な「個々の記憶」と併せて、私たちは残された時間が少ないことも知る。

 (当銘寿夫・琉球新報政治部記者)

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 連載企画「秋(とき)のしずく」 高知新聞で2014年2月から15年12月まで16シリーズ計74回にわたって掲載。一連のシリーズは16年1月に「第20回新聞労連ジャーナリズム大賞」優秀賞に選ばれた。