『読みづらい文字』 魂探る哲学的散文詩


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『読みづらい文字』下地ヒロユキ著 コールサック社・1620円

 下地ヒロユキの第3詩集『読みづらい文字』を手にする。それは難解な宿題のように読み手に差し出される。既刊の『それについて』、『とくとさんちまで』も謎だった。興味をかき立てられた読者はこの不思議を読み解くという愉(たの)しい苦役にのめり込む羽目になる。

 巻頭詩「朝のさんぽ」がこの解明の糸口となる。「いっぽ、にほ、さんぽ…両足に激痛が走る。みると膝から下が無い//急に昨夜のことを思い出した/胸の上に足が乗っていた」。この足とは「戦場を駆け回っていた」(父の)足であり、「マクマオウ林の/私だけの秘密の墓」を「掘り返すと何千年、何万年分、かつて私のものだった足たちが眠っている」という、なんとも壮大な系譜の象徴としての足と判明する。その終行「私を囲み輪になった足たちは歌いだす。/ョオンホョオンデクル ョオンホョオンデクル」というコトバは4歩目の不在の足を呼(ョオ)んでくると聴こえる。錯綜(さくそう)する不可思議な光景が神話的広がりをもって現前し、死霊が呟(つぶや)く不明なコトバが不穏な通奏低音となって現存在の危機状況を浮き彫りにする。

 「死者たちは墓石の重みで失語となり、読みづらい文字を風に託す。生者たちは棺のそばで午睡、明るすぎる街をさまよう夢を見つづけて」(異貌論3 かそせ…)とある。この絶妙な暗喩の裡(うら)に現代文明を批判する明晰(めいせき)な眼差しがうかがえる。

 さらに「秘儀なしに詩を書くことは可能だろうか。むしろ、詩を書くことは秘儀そのものを現代的に実践すること」(時空論2 黄泉図(よみず)らしい文字)と、その詩想の根拠を明示する。読みづらく捉え難い魂の表出に、これほど適した詩法は存在しないだろう。魂の深奥を探ろうとする哲学的散文詩23篇は、その証としてさまざまな角度から描出される。

 「水辺とは内と外の境界という隠喩ではなく境界の反転そのもの//水辺に佇めば人は即座に内側に生成する」(内側の水辺)、「日々の深みで父祖の呼び声を肉体に捜し求めても答えなど無く、すべては粒子に還る」(来ない旅)。想像力を喚起する魅惑的な詩集である。

(佐々木薫・詩人)

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 しもじ・ひろゆき 1957年、宮古島市(旧平良市)生まれ。歯科医師。2011年に詩集「それについて」で第34回山之口貘賞受賞、第15回平良好児賞。日本現代詩人会会員、「宮古島文学」同人。

読みづらい文字
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