『祖神物語』 祭儀の内側、綿密に記録


社会
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『祖神物語』奥濱幸子著 出版舎Mugen・4320円

 その始まりもはるかな昔の宮古島狩俣の「祖神祭(ウヤーン)」。村の悠久の歴史とそこに生きた人々の精神世界のありようを垣間見せてくれる希有(けう)の祭祀(さいし)であった。しかしこの、人類の文化遺産とも考えられた祭祀が、狩俣の地から姿を消して久しい。著者は、その哀惜すべき「祖神をまとって生きた人々の姿があったことを」記録しておきたいと願い、1990年代から本格的に狩俣の婦人たちの元を訪ねた。そして、「祖神女」の心のひだに触れ、「祖神祭」の全体像を残すことに成功した。

 本書の達成は、「祖神祭」をより内側に近いところから記録していった点にある。例えばウヤーンという語は、その文脈においては「祖神(ウヤーン)」であり、また祭祀そのもの(「祖神祭(ウヤーン)」)をも意味し、さらにはその祭りで「祖神」と一体化する「祖神女(ウヤーン)」(神女)をも指す。そしてさらには「祖神」となるための神衣裳一式(「祖神衣(ウヤーン)」)までウヤーンである。その多義性など、簡単に分かるものではない。

 著者は、このようなごく基本的なことから始めて、「祖神祭」における祭儀の次第を綿密に描き出している。特に、著者が着目した祭祀と植物の関係、例えば「スム奉納(うさぎ)」における供物を載せる容器としての樹木の葉、「祖神衣」の一つである「草冠」や「地杖」の材料としての植物など、まさにここで記述されなければ永遠に埋もれてしまったことであろう。また、「草冠」や「祖神衣」の違いなど、実に細やかな報告である。

 このように、本書は「祖神祭」を精細に記録する一書であるが、思わず、主観が流れ出しているところもある。これを学術からの逸脱とみる人があるかもしれないが、これは、本書をあえて「祖神物語」と題した著者の文体とみておきたい。

 狩俣の「祖神祭」の命脈は絶えたかにみえる。しかし、その最後の時代に立ち会った、宮古の文化に深い思いを寄せる著者の観察によって、その姿は後世に伝わる。宮古の精神世界を伝える貴重な記録である。

(波照間永吉・沖縄県立芸術大学名誉教授)

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 おくはま・さちこ 宮古島市(旧平良市)生まれ。著書に「暮らしと祈り」(ニライ社、1997年)。共著に「宮古島の色街で老いた女たち 春をひさいだあと」(「エイジズムおばあさんの逆襲」所収、学陽書房、92年)など。